2.



 結局、29時までの労働交渉は決裂し、勝利を勝ち取った店長は30時に来た。こんなことになるのは、最初からわかっていたんだけど。


 結局家に帰ったのは6時過ぎ、まだ眠そうな母が目玉焼きとベーコンが乗ったお皿を手渡してくれる。いつもどおりそれを受け取り、食パンをトースターに入れる。その間に目玉焼きとベーコンを平らげる。


 いつもと違うのは朝の情報番組の音に紛れて、そう、母が声をかけてきたことだった。


「そういえば、蒼子、胡桃沢さんのこと覚えてる?」


「クルミザワさんて、あの?」


「あのもそのもあのだけど。」


「くるみくん。」


 目玉焼きにウスターソースをかける手が止まった。


 ——胡桃沢 朝陽くん。


 私が幼稚園児から小学生に上がる頃の2年くらい、お隣に住んでいた胡桃沢家のご子息。


 いつもほんわりした雰囲気をまとっていて。

 ご近所になってから、私を「あおちゃん」と呼び、週に2,3度お互いの家で遊んでいた。


 私は、彼の名前が「アサヒ」だと分かっていながら、名字の語呂を気に入って「くるみくん」と呼んでいた。




「そんなこともあるんだね、?」


「お母さんも、まぁ、ここじゃなくてもとは思ったわ」


 お母さん"も"て、…私、そこまで言ってないよ。ただ、こんなに日本全国津々浦々、住む場所はたくさんある中で、なんでまたこの場所に帰ってきたのかなとは思った、けど。


「でも日向ちゃんは、転勤かなんかで関西にいるらしいよ。」


「ひなちゃん!?なつかし〜」


 ——日向、ひなちゃん。くるみくんのお姉ちゃん。


「もう就職してるの?」


「朝陽くんの3つか4つ上くらいじゃなかった?」



 毎日ダラダラと過ごしながらアルバイトをする私に、母は、ちゃんと働けとも学校に行けとも言わない。


 就職にまつわる話が出ると、少し気まずそうにはするものの、そこから追及してくる様子がない。それに救われてるような、甘えているだけのような。


 「引っ越してきたらご挨拶してきなねぇ。」


 「お母さんもねぇ。」


 夜勤明けは、判断力も鈍っているのか、母親に対してだけは得体の知れない焦燥感だけがほんのりわいてきて。


 くるみくんがまた引っ越してくる、とか、どうでもよかったし、今はなるべく早くご飯を食べ終えて、眠りにつきたかった。


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