エジプトでひな祭り

高台苺苺

第1話 エジプトでひなまつり

 エジプトはカイロに夫の仕事の都合で生活を初めてはや1年。今年も来ましたひな祭り。花岡夢乃はいそいそと、日本から船便で送った「季節物」と書かれた段ボールから、親王飾りの箱を取り出した。


 去年は船便が間に合わず飾れなかったけど、今年は余裕で飾れる~と、鼻歌でひなまつりを歌いながら取り出し、大理石のコンソールの上に飾り付けていく。ついでに友人から貰った可愛い桃の花の上に鎮座する陶器のひな人形と、ひな人形絵皿も飾った。

 そして近所の花屋で買った桃もどき(アーモンドの花ではないかと言われている)と、バラの花(香りいいバラは年がら年中安く売られているしね)を飾る。

 

 うん!いい感じ!素敵素敵!


 自画自賛して満足げに見ていると、部屋の掃除をしていたエジプト人メイドのヤシラが興味津々の顔でそばに来た。


「マダム、これは何ですか?」

「これ?これはね、3月3日の日本の女の子のお祝いをする日に飾るラッキードールなの!」

「ラッキードール??3月3日??」

「そうよ。世界中の女の子の健やかな成長と幸せを願うのよ」

「女の子の幸せを願うラッキードール…それはエジプシャンでもOK?」

「もちろん!OKよ」


 ヤシラはそのお雛様コーナーが大変気にったようで、羽毛のはたきで丁寧に丁寧に毎日優しく掃除をするようになった。気にって貰えて嬉しいわ。飾った甲斐があると、ルンルン気分でいた。


 が…その幸せは長くは続かなかった…。


 がっしゃーん!!


 と、何かが大理石の床で割れる音と、だだだだだだだだ!!!と脱兎の如く尻尾をブラシに膨らませて逃げていく、うち飼い猫のファリーダ、エイプシャン・オッタ(猫)雌。


 ああああ~~やられたかあ‥‥。


 猫飼いあるあるの惨事を覚悟してリビングに行くと、案の定お雛様コーナーのコンソール・テーブルの前に、砕けた陶器のお雛様の残骸が転がっていた。がっくりと手をつく夢乃。悲鳴を上げるヤシラ。

 ファリーダが飛び乗りやすい位置に置いた自分が悪いのだからと、破片を片付けようとしたが、危ないからとヤシラに止められた。彼女は床にかがみこんで、珍しく丁寧にそっと破片を集めて行った。いつもなら掃除機でガー!!なのにな。


 その理由は翌日判明した。


 キッチンに見慣れない箱があり、中を覗くと昨日の陶器のお雛様が半分ほど復元されている。

 驚いた!

 するとヤシラがキッチンに入ってきて、箱を覗いている夢乃に気付いて気まずそうな顔をした。怒られると思っているらしい。


「怒っていないわよ?でもどうして修復しようとしたの?これ…破片も足りないから無理でしょう?」


 ヤシラはもじもじして言う。


「マダム…あの…私の娘が娘を産みました」

 

「え?まあ!マブルーク!(おめでとう!)」


「シュクラン(ありがとうございます)それで…娘の娘に…私はヤパーニ・ラッキードールをあげたいと思いました。人形壊れてマダムはいらないと言ったので…」


 ああ!そういう事かあ!

 母が娘を、その孫娘を思う気持ちは、世界中どこでも同じなのよね。夢乃はじんわりして感動したけど…けど…これはかなり粉砕されているしねえ…。


「ヤシラ、気持ちは分かるけど、これは危ないからやめた方がいいわ」

「でもラッキードールですよね?」

「そうだけど…壊れているから…うーん」

 

 友達に頼んで送ってもらう事はできるけど、ヤシラは3月3日にお祝いしたいんだろうな。気持ちわかる。

 するととても間に合わない。お祝い代わりに何か上げてもいいけど、恐らく欲しいのはこのお雛様。

 でもこの親王飾りは両親がくれた物だからダメだし、この絵皿も赴任する時に先輩奥様からいただいたのでやはり上げられないし…。


 悩む夢乃はそうだ!と、急いでネット検索した。工作範囲だけど、簡単に作れるお雛様を検索した。フェルトで作るお雛様。折り紙で作るお雛様。卵の殻と端切れで作るお雛様。時間と材料を揃えれば、もっと本格的なお雛様も作れるけど、まずは3月3日に間に合う事が優先よね!


 夢乃は折り紙といらない端切れ、そして中身を抜いた玉子(中身は後で卵焼きにしました・笑)とボンド等と用意して、試行錯誤しながらなんとか卵のお雛様と、折り紙のお雛様を作ってヤシラにあげた。

 ヤシラは目を丸くして驚き、次いでエジプト風に派手に喜び、夢乃をハグしてキスして感謝を最大限表して上機嫌で帰宅した。

 

 翌日、ヤシラはヤシラの娘一家が夢乃のお雛様、ラッキードールを物凄く喜んでくれたことを教えてくれた。満面の笑顔で夢乃の簡易お雛様と一緒に写る、ヤシラの娘家族は小さな赤ちゃんを抱いてとても幸せそうだった。


 こんな工作で喜んでもらえて、少し面はゆい夢乃だった。


「マダム、ラッキー・ドール、増えました」

「え?」


 3月3日が無事過ぎたある日、ヤシラが得意満面で写真を見せてくれた。

 そこには…大きな白いダイニング・テーブルと思しき上に、物凄い数の卵の殻のお雛様が…お雛様が…カラフルでエキゾチックな柄の端切れの着物??ドレス??を着た人形達がぎっっっっちり!!!!写っていた。


 それは、もはや可愛らしいお雛様ではなく、顔立ちと言うか目元もエキゾチックで、中にはビーズか何かのピアスまで付けている子もいれば、キラキラ羽毛で飾られたり、全身スパンコールの子もいる。凄まじい迫力で並んでいる!


 ヤシラは胸を叩いて自慢げに言う。


「みんな幸せになるように!みんなで作りました!!!」


「そ…それは凄いわね…というか…意外とみんな器用なのね‥てか‥1回教えただけで凄いと言うかなんというか…ええええええ????」


 そしてヤシラはにんまりと笑って言う。


「これ、とても人気ある。材料沢山ある。沢山作れるので沢山作りました。なので1個5ポンドで、2個なら9ポンドで従妹の子供達がお土産屋で売りました!沢山売れています!」


「え?え!!!!!今なんて言った!?」

「マダムもいりますか?マダムなら2個5ポンドでOKです!」

「そうじゃなくて売った!?誰に!?」

「観光客。ヤパーニもいたそうです」


 えええええええええ!?うそーーーー!!!それ不味いから!!絶対不味いと思う!!それと同時に嫌な予感がする!!!


「あの…ヤシラ…それ…何て名前で売り出したの?」

「はい!ヤパーニ(日本人)・ラッキードールです!」


 得意げに言うヤシラに、夢乃は気絶しそうになった。

 なんたるアラブ商売人魂!!!売れる物は何でもチャンスを逃さず売る商魂たくましさ!!

 だけどだけど、それを教えたのが夢乃だと、もしもカイロ日本人会マダム達にばれたら…ばれたら…つるし上げになるうううううう!!!(吊し上げはないけど怒られる・笑)


 てなことで、3月のお雛様シーズンが終わるまで、夢乃はびくびくして過ごしたが、幸い卵のラッキードールお雛様の噂は流れてこなかった。


 ヤシラに聞いたら、なんとあの人形は誰でも簡単に作れるので、あっという間に模造品が出回り粗悪品も出たので、あっと言う間に下火になったらしい。


 助かった!!


 と、マジで思った夢乃であった。そしてヤシラには日本の友達から送ってもらった、お花の上にかわいらしく鎮座するお雛様を改めてプレゼントしたのだった。

 もちろん、娘夫婦の喜びは凄まじく、卵の殻のお雛様の事はアッと言う間に忘れたらしい。よかったよかった。

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エジプトでひな祭り 高台苺苺 @kakyoukeika

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