雛あられ
彩葉
雛あられ
雛あられが好きだった。
「買ってきちゃった」
男子校の昼休み。それなりに煩雑な教室の隅で飯を食う。友達がいないわけではなかったが、飯を囲うような友達は全員違うクラスだった。
ちょうど食べ終わった頃、仲のいい佐藤が隣のクラスからやってきて取り出したのは、雛あられだった。
「お前、ここ男子校だぞ」
「食堂で限定販売してたからつい」
イベント事に男も女も無いらしい。佐藤はすぐにそれを切り開いて口に運んだ。
「桐嶋も食えよ。これ食べきらないといけないタイプの包装だったから慌てて持ってきたんだ」
「計画性の無さは相変わらずだな」
笑いながら、僕も一つ口に運ぶ。だが、思っていた味と違う。
「え、おい。これ雛あられだよな?」
「え、うん。雛あられだろ? なんか変な味でも入ってた?」
言いながら佐藤はまた一つ食べる。別に普通そうだ。じゃあ、今のがたまたま変な味だったのかもしれない。
そう思ってもう一つ口に放ってみるが、やはり違う。
俺が知っている雛あられではない。
「なんか、あまい」
「そういうもんじゃねえの。あ、でもおかきみたいなのもあるって聞いたし、お前んちはそっちが主流だった?」
違う。僕の知っている雛あられは、甘くもないししょっぱくもない。
「俺んちの雛あられ、ずっと酸っぱかった」
「酸っぱい、てのは聞いたことねえな。手作り? 郷土料理的な」
「どうだろう。祖母ちゃんち行ったときしか食べなかったから、もしかしたら祖母ちゃんのアレンジレシピの可能性ある」
「はえー。最近つくづく思うけどさ、家庭ごとの変なルールとか料理って意外と分かんねーもんだよな。俺もこの前家ではスリッパ必須って言ったらそこに居たやつ全員素足派だったぜ」
「いや、僕も素足派。スリッパ勢ってほんとにいたんだ……」
「な? だからお前の雛あられもきっと家庭ルールだって。今度俺にも食べさせろよ。酸っぱい雛あられ気になる」
そこからは別の雑談に流れたが、僕は家に帰ってからもこのやりとりが胸に引っかかっていた。検索してみれば、西と東で味付けも材料も違うとは出てきたが、やはり酸っぱい雛あられの存在はどこにもない。
「母さんさ、お祖母ちゃんがよく出してくれた雛あられのメーカー知らない? ほら、酸っぱいやつ」
「酸っぱい雛あられ? そんなのお母さん知らないわよ。お義母さんに貰ったなら、お義母さんに聞いてみなさいな」
母親は祖母ちゃんが僕に雛あられをあげていたことすら知らない様子で答えた。余計に、酸っぱい雛あられが気になった俺は、母親の言う通り、祖母ちゃんに直接聞きに行くことにした。
新幹線から電車で一本のよくある田舎。田んぼが広がり、後ろが山で、家々が好きな方向に建っているような、そんな田舎に祖母ちゃんちは在った。
「あら~よく来てくれたね、さ、入って入って」
久方ぶりの訪問に、祖母ちゃんはえらくテンションが上がっている様子だった。そのまま大量の昼ご飯をなんとか食べて、最近の調子はどうかと聞かれる。まあまあかな、なんて無難な返事でも祖母ちゃんは喜んでくれた。
「そういやさ、昔よく雛あられくれたじゃん。あれってどこで売ってるの?」
祖母ちゃんのマシンガントークが止んだその隙に、本来の目的を果たす。佐藤の言う通りばあちゃんのアレンジレシピだった場合、再現しなくてはいけないため既製品であってくれと願ってみた。
「あー、雛あられね。あれはどこにも売ってないわよ。なに、探しちゃった?」
既製品ではなかったことに多少肩を落とすが、数年ぶりにあの雛あられが食べられるのかと思うと幼少期の時と同じような高揚が体を廻った。
「探したっていうか、売ってる雛あられ食べたらめっちゃ甘くてびっくりしたんだよね。だから祖母ちゃんの手作りって分かって納得した」
「いや、あれ別に私が作ってるって訳でも無いのよ。そうね、言っても信じてもらえないと思うし、実際に見に行きましょ」
祖母ちゃんの言っていることはよく分からなかったが、どうやらついて行けばあの雛あられが食べられるらしいというのは理解した。まだ足腰のしっかりしている祖母ちゃんの後ろを辿れば、ついたのは裏山だった。
「これが亮太の食べてた雛あられよ」
そう言って祖母ちゃんが指差したのは、梅の木だった。綺麗に咲いた梅の花。そのの内のいくつかは散って地表に落ちていたが、少し様子が変だった。花弁というには立体的な薄ピンクがあたりに散らばっている。
「これって」
一つ摘まんでみればそれはとても軽く、指先に力を入れるとサクッと崩れた。
「昔は毎年花が咲く前に袋を巻きつけてたんだけどね、ここがうちの私有地じゃないって知ってからは控えるようにしてたのよ」
驚きで声が出ない。散らばった薄ピンクと、梅の木と、祖母ちゃんを何度も視線が行き来する。
だが、好奇心でここまで来た僕に、後に退くという選択肢は無かった。
まだ咲いている梅の花をつまんで、口に入れる。
記憶よりも仄かに広がる酸っぱさ。しかし、確かに僕の知っている雛あられはこれだった。
「祖母ちゃん、これ貰っていってもいい?」
週明けの学校。僕は一番に佐藤のクラスへ寄った。
「お、マジで酸っぱい。これ梅か? 想像してたよりよっぽどうまい。なあレシピ教えてくれよ。姉ちゃんに覚えさせる」
「それは秘密ってことで。また来年になったらお前の分も用意するから。な?」
佐藤はえらく気に入ったようで、なんどもそのレシピを僕にせがんだ。
だが、レシピなど無いのだ。
お伽話のような雛あられが、口の中でサクッと弾ける。
雛あられ 彩葉 @irohamikan
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