僕の誕生日が消えた日
仮面大将G
僕の誕生日が消えた日
僕は、ひなまつりが嫌いだ。
理由は決まっている。3月3日は、僕の誕生日だからだ。
普通は誕生日なんて楽しみに待つものだろう。一年に一度、自分が主役になれる日。
家族や友達からプレゼントを貰い、ひとつ歳を重ねたことを祝福される。なんて素晴らしい日だろうか。それが、ひなまつりと同じ日でさえなければ。
もちろん、僕にだって誕生日を楽しみにしていた時期はあった。毎年3月3日が来ると、僕が主役になれる。おめでとうとありがとうが飛び交い、一年で一番幸せな日だった。
だけど、そんな幸せな日は、一年で一番不愉快な日に変わった。妹が生まれてからは。
妹が生まれたことは、僕だって嬉しかった。お兄ちゃんとして頑張らなきゃ、そう思って妹を可愛がっていた。
そして楽しみにしていた僕の誕生日。3月3日がやって来た。その日は僕が主役になれる日。そのはずだったんだ。
だけど、お父さんとお母さんが用意したのは、いつものパーティーじゃなかった。
食卓にはちらし寿司とひなあられが並び、お母さんは嬉しそうにひな人形を出している。
これはお母さんが子どもの時に、あなたたちのおばあちゃんから貰った大切なお人形なのよ。
そう言うお母さんの顔は、心做しかいつもの僕の誕生日よりも明るかった。
その時、僕はひなまつりの存在を知ったんだ。女の子の節句。そんな日に生まれたことを後悔したし、親を呪った。
僕が主役になれる日のはずだったのに。妹はその日の主役になってしまったんだ。
それからというもの、僕は誕生日が嫌いになった。いや、3月3日が嫌いになったと言った方が適切だろう。
そして、妹のことも嫌いになった。あんなに可愛がっていたのに。妹は、僕から誕生日を奪った存在。それなのに、妹には誕生日もひなまつりもあるんだ。なんて不公平な日だろうか。
妹は一年に二度祝福され、僕の誕生日は二の次。一年に一度、たった一度僕にスポットライトが当たる日は、こうして無くなってしまったんだ。
だから僕は誕生日に期待しない。楽しみにもしない。だって、祝って貰えるのは僕じゃなくて妹だから。
女の子が生まれて良かったね、なんてお父さんは言う。そうね、おひな様も嬉しそうだわ、とお母さんが返す。
その目には、僕の姿は映っていないのだろう。ただただ幸せそうな両親と妹を見て、僕は家族の一員じゃないような気がしている。
何も言わずにひなあられをひょいと投げ、口に放り込む。甘じょっぱくて歯にくっつくこのお菓子だけは、僕にささやかな幸せをくれる。無心でひなあられを食べている時だけは、ひなまつりがあって良かった、と思う。
そんな考えが過ぎった時、僕はいやいやと首を振った。
僕が食べたいのはひなあられじゃない。甘い甘いデコレーションケーキだ。
ほんのり酸っぱいイチゴと甘ったるいクリームの組み合わせ。それが僕の一番食べたいもののはずだろ?
自分を取り戻した僕は、改めてこの不愉快な日を呪う。何がひなまつりだ。何が女の子の節句だ。僕の誕生日なんだぞ。僕が主役なんだぞ。
頬杖をつきながら家族を見ていると、妹がふとこっちに近寄って来た。
「どうしたのお兄ちゃん?そんなに不貞腐れて」
妹はただ純粋に、不思議そうに僕に尋ねる。
うるさいな。僕の気持ちなんて分からないくせに。そう思いながらも、僕は妹に返事をした。
「別に不貞腐れちゃいないさ。ただ、こんなつまらない日は他に無いと思っているだけで」
「それを不貞腐れているって言うんじゃない。せっかくおめでたい日なのにそんな顔してたら、幸せが逃げちゃうよ?」
我が妹ながら、人の気持ちが分からない子に育ったものだ。だが、それでいいのだろう。今日の主役は僕ではなく、妹なのだから。
そんな時、妹が僕に向かって何かを手渡して来た。小さな木箱のようなものだ。
「これは……?」
「いいから開けてみてよ。私からの気持ちだよ」
言われるがままに木箱を開けると、中には小さな人形が四体入っていた。
少し大きめの人形が二体と、小さめの人形が二体。まるで家族のようだ。
いいなあ、僕の家族もこんな家族だったら……。
そんなことを考えていると、また妹が口を開く。
「ほら、横に付いているネジを回して」
ネジ?ああこれか。木箱の側面には、小さな小さなネジが付いていた。くるくると回して離してみると、木箱からは音楽が流れ出した。
ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー。
音楽に合わせて、お父さんにお母さん、それに妹が歌い出す。
三人は満面の笑みで僕を見ている。
心の奥が、くすぐったいような感覚に襲われた。なんだよ、今まで僕の誕生日なんて覚えてなかったくせに。
三人から目を逸らしながら、またひなあられを口に放り込む。
その味は、さっきまでより少し甘い気がした。
ああ、やっぱりひなまつりなんて嫌いだ。
僕の誕生日が消えた日 仮面大将G @naroutaishog
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