新たなひな祭りの始まり
藤泉都理
新たなひな祭りの始まり
座っていて口を一文字に結び力強い表情をしており、一番大きい音を出す楽器である太鼓を演奏する五人囃子の頭は、己が表情を崩すまいと必死に耐えながら、右手に持つ撥で太鼓を力強く叩き続けた。
ひな祭りは本来、祓いの行事であり、ひな人形は人間の災厄を引き受けるものであった。
本来ならば、白酒、蛤のお吸い物、ひなあられ、菱餅、草餅など、捧げ物としての役割も担うひなの膳と喜びはしゃぐ人間が居れば、災厄も浄化されるものであった。
けれど、ひなの膳もなければ、泣き喚く人間しか居ないのであれば、災厄も浄化されぬというもの。
非力だと、五人囃子の頭は、災厄に吞まれゆく仲間や主人たちをまんじりともせず見続ける事しかできなかった。太鼓を叩き続ける事しかできなかった。
誰か。と。心中で叫びながらも。
己が。と。心中で叫び続ける。
力強い表情のままに、力強い笑い声を発し始めた。
大笑いをして太鼓を叩いて、大笑いをして太鼓を叩いて、大笑いをして太鼓を叩いて。
まんじりともせず繰り返す。
災厄を祓うのだ。
仲間から、主人から、ひなの膳どころか水と一つの椀も用意もできず、泣き喚きながらも己たちを飾ってくれた人間から。
絶対に災厄を祓う。
人間なんて居ないよ。
災厄が言葉を発する。
人間は居なくなった。
己が責任を果たす人間は居なくなった。
AIにすべての責任を為しつけた人間しか居なくなった。
私たちの責任ではない、すべてAIがした事だ、私たちに責任はないと、見るに堪えぬ顔で以て言うのだ。
人間はもう人間を放棄したのだ。
人間は居ないのだよ。
ここに在るのはかつて人間だったものたち。
可哀想な人形よ。
おまえもまた、我等と同じ存在。
人間に責任を為しつけられた人形よ。
共に行こう。
災厄は五人囃子の頭に手を差し伸ばした。
五人囃子の頭は地に伏す人間を見た。粉々に砕け散った仲間と主人を見た。
新たなひな祭りを始めよう。
災厄は言葉を発する。
我等ではなく人間に責任を果たしてもらうのだ。
五人囃子の頭は涙を流した。
笑いはしゃいで回る災厄を見て、涙を静かに流しては太鼓を叩き続けた。
災厄が問いかける。
五人囃子の頭は静かに頷いた。
新たなひな祭りの始まりだ。
災厄が声高々に言った。
新たなひな祭りの始まり 藤泉都理 @fujitori
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