鎖の海④
二人は並んで歩き始めた。砂浜を踏むたびに、足元の感触がわずかに沈み、夜の冷たい風が頬を撫でた。潮の香りはなおも強く、まるで海が何かを訴えかけているようでもあった。
佐伯はふと振り返った。波間に沈んだ鎖は、すでに闇の中へと消えていた。その痕跡すら残さず、ただ波だけが、何事もなかったかのように寄せては返していた。
「俺は――」
佐伯は言いかけ、しかしそれを言葉にするのをやめた。隅田は何も聞かず、ただゆっくりと歩みを進める。その横顔には、何の感情も浮かんでいないように見えた。
防波堤の先には、小さな町の灯りが瞬いていた。海辺の寂れた居酒屋、黄色く濁った街灯、その下を通る影。すべては変わることなく、ただそこにあり続けている。そのことが、佐伯の心に奇妙な安堵をもたらした。
「なあ」
佐伯は立ち止まり、隅田を見た。
「もし、お前があの鎖を選んでいたら、どうなっていたと思う?」
隅田はわずかに笑い、海のほうを振り返った。そして静かに言った。
「何も変わらなかっただろうな」
その声には、諦念とも、確信ともつかぬ響きがあった。
「人間は、たとえ鎖を手放したところで、結局どこかで新しい鎖を探し始めるものだ」
佐伯は黙ったまま、隅田の横顔を見つめた。彼の言葉は、まるで遠くの波のように静かで、そして確かに耳の奥に残った。
やがて、二人はまた歩き始めた。
海の音は、ただ繰り返されるばかりだった。
鎖の海 風連寺ゆあ @vk_34
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