エクリシア世界編:第5話 作戦会議
あれからしばらくはミィナさんと情報のやり取りを続けたけど、アペリエンスについてはレミュラさんの方が詳しいという事で、明日駐屯地に同行することにした。
それが決まると、夜も更けていたので私たちも寝ることにした。時折、2階の部屋からアイクの悲鳴が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
●
朝が来て、私たちは身支度を整えてからミィナさんの案内で334小隊の駐屯地へと向かった。朝焼けに包まれた斜面の街並みは、屋根やガラスを反射した光で輝いている。駐屯地と聞いて大きな陣地を想像していたが、着いてみればそこまで大きな印象は無かった。入り口まで来ると、アイクが少し緊張した面持ちだった。
「軍の施設って、普通は入る所じゃないですよね……?」
「普通わね。でも今回は事情があるから……というかアイク、ちゃんと寝れてるの?」
アイクの緊張より、私はいかにも寝不足な顔の方が気になる。まあ予想は付いてるんだけど。
「こいつが寝てたら襲い掛かって来たんですよ!」
「失礼ね。寝てる間に色々調べてただけなのに」
「そんな理由が認められるか!」
アイクがレルワさんを指さしながら訴えるが、当のレルワさんは涼しい顔だ。まあこの光景も慣れてきている。
私は「静かにしてね」とだけ言ってミィナさんの方へ向かう。入り口の警備兵とは既に話を終えていた。
「レミューには先に電話しておいたから、そのまま入れますよ」
ミィナさんは事前の手配をしてくれたようで、私たちはそのまま入って宿舎のような建物に案内される。その中の会議室のような部屋で、レミュラさんは私たちを待っていた。それ以外にも、何人かが椅子に座って資料を読んだりしている。部屋の中央には地図の広がった机がひとつ置かれていて、そこには様々な資料が乱立していた。
「おはようミィナ。電話の話は確かなの?」
「おはようレミュー。チノンさんの話が確かなら、とても有力な情報だと思う」
「座ってちょうだい。準備できたら始めるから」
挨拶を交わしながらミィナさんは私たちに席に座るよう目で促してきたので、私たちは空いている席に腰を下ろす。
私も席に座って辺りを見回すして、ミィナさんとレミュラさん以外の人を見てみる。明らかに身長が2メートルを超えてる角の生えた大男に、昨日レミュラさんと話していたラウラさんと呼ばれていた人、人間の様だけど目元は遮光ゴーグルらしきもので覆われていて、どこか物静かな雰囲気を持った男性……恐らくこの人たちは下士官とかだろう。
「アンティークが来てないけど、先に始めましょう。まずは自己紹介からかしらね、グルダからお願い」
レミュラさんの号令で皆が彼女の方に向く。それからさっきの大男が立ち上がって私たちの方に振り返った。
「334小隊副隊長をやっているグレゴー・グルダ准尉です。以後お見知りおきを」
グレゴーと名乗る大男は丁寧なお辞儀をして自己紹介をしている。見た目から少しイメージしにくい穏やかな口調で、真面目そうな印象だった。
続いてラウラさんらしき人が立ち上がる。初めて顔を見たが、その表情はかなり明るそうで、どこか楽観的だ。
「334小隊第1分隊長、ラウラ・ガエターナ・パジェスティ軍曹よ。敵じゃないなら仲良くしましょ」
昨日の雰囲気とは全然違う人懐っこい口調で挨拶してきたので、私は内心で驚いてしまった。もしかして戦場だと性格が変わるタイプなのだろうか。ラウラさんが座ると、次は遮光ゴーグルの人が立ち上がる。
「334小隊支援分隊長、ダニエル=ドン・ヴォークラン軍曹。よろしく」
ダニエルさんはそれだけ言ってさっさと座ってしまった。予想通り人付き合いは苦手そうだ。
「それじゃあ、チノンさんもお願いできますか」
ミィナさんに言われて私も立ち上がる。時間が勿体ないから全員分やってしまおう。
「私はチノン・ボーデンプラウトです。異世界へ想いを届ける配想員をしています。こっちは支援ロボットのウラヌス。こちらが部下のアイク・ナルバス、最後に同行しているレルワさんです」
私がそう言ってお辞儀をすると、レミュラさんはひとつ咳払いをして話を始めようとしたが、そのタイミングで会議室のドアが開いた。
「申し訳ありません。物資の搬入に遅れが生じていました」
そう言いながら入ってきたのはなんとロボットだった。ウラヌスよりも武骨なデザインで、一番目立つのは4本の腕だ。ウラヌスとそのロボットはお互いに目を合わせたが、互いに何も言わず妙な沈黙が流れている。
「私はDD-327型配想支援ロボットでウラヌスと言います」
「私は第4級労働機械人形。今はアンティークと名乗っている……DD-327という型式はデータに存在しない。何者だ」
アンティークを名乗るロボットは明らかに警戒している。ウラヌスもまさか同類のロボットが出てくるとは思ってなかっただろう。私も流石に想定外だ。
「あら~ロボットが増えたわね。良かったじゃない、お仲間に会うなんて貴重でしょ?」
「よくありません。あちらは警戒しています。私は本来この世界に居ないのですから当然の反応です」
レルワさんがからかっているが、ウラヌスは冷静に突っ込んでいる。部屋の空気に少し緊張感が漂い出した。
「アンティーク、その辺にしておきなさい。客人に失礼よ」
「……命令を受理。以後は客人として対応します」
レミュラさんが宥めるように言うと、アンティークというロボットはそのまま空いてる席に座った。
「ああ、彼はアンティーク。ここの第2分隊長よ」
レミュラさんは代わりに紹介してくれたが、アンティークは何も反応しない。まるで内心で警戒しているようにも見える。まあウラヌスと一緒で表情が無いから分からないけど。
「それじゃあ始めましょう。最近のアペリエンスの襲撃記録を見直したわ。どうやらラルマディア共和国の国境沿いでの活動が多いみたい。被害も既に3個小隊が壊滅状態になってる程よ」
「では活動拠点はその範囲にあるという事で?」
レミュラさんの報告でグレゴーさんがすぐに意見を述べる。話だけならそう思えるだろう。
「恐らくはね。それから奴らの襲撃方法や戦術はかなり高度化されている。ただの寄せ集めでは無い。もはや統率された軍隊と変わりないわ」
「僕の分析では、敵のリーダーである"リッケヒャー"は元軍人。もしくは特殊な訓練を受けた傭兵だと考えている。それに統率を取れていることからカリスマもありそうだ」
続けてダニエルさんも意見を出している。淡々としているが納得できる分析だ。
「そこなんだけど、ミィナが有力な情報を持ってきてくれたわ。それについてはチノンさんから説明してもらう方が良いわね」
「あ、はい……ミィナさんと情報を交換した上での仮説ですが……」
話を振られて私は慌てて立ち上がり、そのまま昨日の仮説を説明する。その説明にレミュラさんたちの方は様々な表情を浮かべていた。
「本来ならば議論に値しない推論です。しかし、目の前に未知の機械生命体が存在する以上は判断材料として機能します。この仮説の信憑性はそれなりにあると判断します」
アンティークが最初に口を開いた。堅物かと思ったが意外と柔軟な思考に見える。ウラヌスと似た者同士だろうか。
「普通なら笑い話よね。私もミィナちゃんが信じてなかったら信じなかったかも」
ラウラさんもかなり懐疑的だが、一応信じてくれているようだ。彼女はそう言いながらミィナさんに笑いかけている。結構仲が良いらしい。
「私も最初はびっくりしました。でも歴史的には過去にそのような人物が全く居なかったと断言するのは難しいかなと。例えば黒世紀のグリマディア将軍は……」
「ミィナ、今は歴史の授業をしてる場合じゃないでしょ?」
ミィナさんの話が盛り上がりそうなタイミングでレミュラさんが釘を刺した。慣れたやりとりのようで、ミィナさんも慌てて口を閉じる。
「それでチノンさん。リッケヒャーが転生者として、あなたたちはどうするの?」
「そこで提案なんですが……あなたたちに同行してリッケヒャーを探したいと考えています」
私の提案に、レミュラさんたちの方も、私以外の面子も驚いていた。それは当然だろうけど、今考えられる手段で最良なのはこれだと思っている。
「チノ先輩、軍に協力を要請するのは規定違反では……?」
「なら私たちでそのアペリエンスとやらを壊滅させる? アイクにそれができるの」
アイクに反論すると、そのまま引っ込んでしまった。こんな状況で規定を守っていたらいつまでも仕事にならない。
「私ならひとりで壊滅させられるわ……って言いたいけど、どうも魂の流れがおかしくて調子が良くないの。私の力は周囲の魂の流れに影響するからね」
レルワさんなら確かに1人でできると思う。でもここに来てからいつもと様子が違うから、何かあるとは思っていた。その予想は当たってしまったらしい。
「私は反対です。そのようなリスクを冒すのであれば一度帰還して依頼を再検討をするべきです」
「ウラヌス、あんたが口答えなんて珍しいね。でも、そんな時間はない。再検討なんてしてたら、想いが消えるかもしれない。だから今やるのよ」
珍しく反対してきたウラヌスに、私ははっきりと自分の言葉を突きつける。それを聞いてウラヌスも理解したのか何も言わなかった。
「私たちとしては情報提供だけでも十分感謝しているわ。私たちだけでアペリエンスと交戦して、それから合流するのもひとつの手だと思うけど?」
「いえ、相手はこの世界の常識を逆手にとっています。ならこちらもそれができる私たちが同行した方が作戦の成功率が上がると考えます」
レミュラさんが遠回しに止めるように言ってくるけど、私はこの意見を変えるつもりはない。ミィナさんやレミュラさんに全て任せっきりにするより、私も協力したかった。
「……みんなはどう考える?」
「私は足手まといにならなかったらどっちでも良いよー?」
「僕は構わないよ。後方待機の形なら危険要素はないと思う」
レミュラさんが意見を求めると、ラウラさんとダニエルさんは肯定的な返事をしてくれた。
「私は民間人の同行は少々気が乗りませんが……チノンさんの意見も一理あります」
「不確定要素の排除を目的とするなら、確率を上げる意味でも同行という選択は良い判断だと考えます」
グレゴーさんとアンティークも消極的だが理解は示してくれた。ただミィナさんだけは、何故か何も言わない。
「ミィナはどう?」
「えーと……私は、本当は止めて欲しいかなって思う……でも、アペリエンスを早く止められるなら、その方が良いよね……」
ミィナさんの答えはやけに歯切れの悪い言い方だったけど、否定はしてくれなかった。皆の意見を聞いてレミュラさんは顎に手を当てて考え始めた。
「チノ先輩、ホントに同行するんですか?」
「私はどっちでも良いけど、十分に気を付けた方が良いわ」
小声でアイクとレルワさんが話しかけてくる。アイクは相変わらず不安そうだが、レルワさんは冷静に状況を把握しているように見える。
「これが一番手っ取り早いよ。上手くいけばそのまま仕事を終わらせられる」
「しかしマスター、これは世界への過剰な干渉になる恐れがあります」
私たちの会話にウラヌスも入ってくる。確かに一番懸念される事ではあるし、世界に余計な影響を与えるのは配想員という仕事自体を危うい立場にしてしまう。
「相手が転生者なら、転生者による世界の干渉事案を言い分にすればいい。それなら止む得ない事態として言い訳できる。そうでしょ?」
私はウラヌスの懸念を回避する案を出す。配想先の転生者が世界に干渉している場合、配想員は自衛の為の交戦権や簡単な実態調査を行使できる。それを言い訳にすれば問題は無いと判断した。
ウラヌスも一理あったのかそれきり何も言わなかった。
「分かった……チノンさん達に同行をお願いしても良いかしら。もちろん護衛はしっかり務めるわ」
「ありがとうございます。こちらも自分の身は守れますから、心配しないでください」
レミュラさんは決断して私たちに協力を求めてきた。私もそれに答えて、一時的に共同戦線を張る事が決まった。
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