エクリシア世界編:第4話 エクリシア世界の歴史

 夜の帳が落ちた頃にトラックが街に着くと、荷台から見える景色はとても幻想的だった。


「すごいですよ! こんな斜面に街があるなんて」


 私も最初は目を疑ってしまったが、隣でアイクも感動して叫んでいる。

 そこには山の斜面に沿って家が立ち並ぶ形で街が作られていた。斜面の一部には発着場のようなスペースも作られていて、そこにミィナさんのような種族の人たちが降り立ったりしている。普通の人間にはとても不便そうな造りだが、ミィナさんのような空を飛べる種族には問題ないのだろう。これが文化の違いというやつだろうか。


「このラルマディア共和国には私たちボルグレン種族が多くて……だからこんな形の街が多いんですよ。飛べない人たちは各通りに設置されたロープウェイで移動してますね」


 ミィナさんの解説がありがたい。橙色に光る街灯に照らされた斜面の街並みは、まるで山のイルミネーションの様だ。もう少し堪能したい気分だったが、トラックは街の入り口で停まってしまった。


「トラックは街外れの駐屯地に帰還するので、ここからは徒歩で行きます」


 ミィナさんの先導で私たちが降りると、トラックはそのまま走り去っていった。

 トラックを見送ったミィナさんはそのまま街へ入って行き、私たちをロープウェイに乗せてくれた。


「これで私の家まで向かいます。普段は飛んでいくから逆に新鮮ですね」


 ミィナさんは内心ワクワクしているようだ。それは隣にいるアイクも同じようだけど。


「あらあら、子供みたいに目をキラキラさせて……アイクってば意外と可愛いのね」

「う、うるさいな……昔は外に出るのが嫌いだったんだから、仕方ないだろ」


 レルワさんにおちょくられてアイクの顔が赤くなっている。やっぱり傍から見たら姉弟のようだ。まあ、珍しい乗り物ではあるから無理もないか。

 そう思っている内にロープウェイは動き出し、ゆっくりと山を登っていく。窓から見える夜景は綺麗で、久しぶりにこんな景色を見たような気がする。できれば眺めていたい気分だったが……車内で騒がしくするアイクとレルワさんを見守る方に回ることにした。


  ●


 ミィナさんの家は想像よりも大きくて立派だった。ミィナさん曰く、両親が残してくれた家らしいが、今はひとり暮らしなので空いている部屋を貸してくれた。それでも4人は厳しいので、その部屋はアイクとレルワさんに貸して、私はミィナさんの仕事場にあるソファを借りることにした。ウラヌスは立っていればスリープモードになるのでどこでもよかった。


「いいんですか? お客さんをソファに寝かすのはちょっと気が引けますが……」

「いいのよ。特にアイクは初めての研修だから、しっかり休ませないと」

「そうですか。チノンさんは部下想いで良い人ですね」


 ミィナさんが仕事場に案内してくれたが、そこは多くの本棚と本に包まれていて、まるで小さな図書館の様だった。その一角に読書スペースのようなソファとサイドテーブルが置かれた場所がある。その奥には作業台があって、そこがミィナさんの仕事机なのはすぐに分かった。


「ここで本を書くの……? この世界にパソコンは無いみたいね」

「ぱそこん……? 良く分かりませんが、最近は『エスキリマキナ』が多いですね。私は手書きが好きですけど」

「……エスキリマキナ?」


 ミィナさんの言葉が分からず聞き返してしまった。ミィナさんもどう表現したら良いのか分からないようで、指で何かを打つ動作をしてくる。それで察することはできたけど。


「タイプライターみたいなものかしら。でも手書きってすごい大変じゃないの?」

「そうですね。機械で打つ方がミスも少ないし時間も掛かりません。でも私は自分の手を動かして本を作るのが好きなので」


 そう言うミィナさんの顔は本当に楽しそうだ。異世界の記録を手帳に残す私にもその気持ちはよく分かる。できればこのままミィナさんと他愛のない話をしたい気分だが、そういう訳にもいかない。私たちは仕事でこの世界に来ているのだから。


「ミィナさん、そろそろ聞きたい事を聞いても良いですか?」

「ええ、答えられることならなんでも答えます。あ、その前にコーヒーを淹れてきても良いですか?」


 私が仕事の為の話を要望すると、ミィナさんは二つ返事で了承してくれる。私も彼女がコーヒーを淹れに行ってる間に聞きたい事をまとめておくことにした。


  ●


「どうぞ、私の好みしか出せないけど……」

 ミィナさんが持ってきたコーヒーはとても苦みのありそうな香りを漂わせている。私は受け取ったマグカップにふぅふぅと息を吹きかけて一口飲んでみる。口の中に苦みが広がるが、その中に微かに甘みも感じ取れる。普段は紅茶しか飲まない私でも、これはとても良い豆だと分かる。


「美味しい……」

「この国で一番人気の『アーカンゲル・プライム』って豆なの」


 ミィナさんもコーヒーを飲みながら解説してくれる。だけど、いつまでもコーヒータイムと洒落込む訳にはいかない。


「ミィナさん。まずはこの世界について教えてください」


 私は本題に移っていく。ミィナさんもマグカップを両手で抱えて私と向き合ってくれた。


「はい。私たちはこの世界を『エクリシア』と呼んでいます。今の暦は白世紀744年で、今日は6の月で青の2日です」


 まずミィナさんはこの世界での基本的情報を教えてくれる。暦も年号も私たちとは全然違うのが、私は今異世界に居るんだと感じさせてくれる。


「かつて、この世界は『神世紀センチュリオ・ディバナ』と呼ばれる高度な文明が発展していました。でも、異種族が大量に侵攻してきたことでその文明は崩壊し、『黒世紀センチュリオ・ニグラ』と呼ばれる約1000年の動乱が続き、それからこの世界を統治する『世界調整機構』が建ち上がって平和が訪れた。それからこの時代は『白世紀センチュリオ・ブランカ』と呼ばれています」


 ミィナさんの解説はまるで歴史の講義をしているようで、その口調には迷いが無い。自分の知識に絶対の自信を持っているかのようだ。


「なるほど……おおよその基本情報は分かりました。では転生者について何か知っていますか?」


 私は基本情報を手帳に書き込んで次の質問をする。ミィナさんはよく分からなさそうだったが、頭を微かに振りながらうんうんと唸っている。


「うーん……私にはなんとも。そもそもチノンさんが来るまで転生なんて考えたことが無かったわ」

「転生の認識が殆ど無い……? 珍しい世界ね」


 私はミィナさんの答えを聞いて逆に驚いてしまった。今の転生ブームで、ずっと世界には転生者が多く居るのが当たり前だと思っていただけに、そこから取り残されたようなこのエクリシア世界は、やっぱり今までの世界と何かが違いそうだ。


「ところで、あの時レミュラさんが言ってた『アペリエンス』ってなんですか? あと『先史遺産』というのも気になりますが」


 私はついでで気になった事も聞いてみる。するとミィナさんの表情が暗くなってしまう。どうやらあまり思い出したくないらしい。


「先史遺産は、さっき言った偉大な世紀の時代に作られた技術で、今の世界では再現できない高度な技術や物を指します。原理不明だけに、その管理や扱い方は厳しく規制されています」


 ミィナさんはまず先史遺産について教えてくれた。つまるところオーパーツのような物だろう。恐らくこの世界ではかなり重要な位置にある物のようだ。


「アペリエンスは反世界勢力と呼ばれる世界的な敵対組織で、1年前ほどに突然現れた過激な武装勢力です。主に先史遺産の強奪、または研究施設の襲撃を繰り返していてかなりの被害を出しています」


 ミィナさんの語気が少しだけ強くなっている。きっとこのアペリエンスの被害に憤りを感じているんだろう。歴史に関わる仕事をしているなら、その気持ちも分かるつもりだ。しかし、今気にするのはそこではない。


「1年ほど前……確か配想先の転生者は……どうも悪い予感がしてきたかも」


 私は受け取った情報から推測できる最悪のパターンを考える。できれば外れていて欲しいが、検証の為にはもっと情報を集める必要がある。


「ミィナさん、そのアペリエンスについて分かってる事を教えてください」

「はい。アペリエンスは1年前から先史遺産を執拗に狙って活動しています。その攻撃には容赦がなくて、先史遺産さえ手に入るなら皆殺しも厭わないと言われています。組織の規模も不明で、分かっているのはリーダーが"リッケヒャー"というコードをネームを使っているという事だけです。神出鬼没ですぐに対応もできないそうです」


 ミィナさんの話を聞きながら、私は仮説を検証し始める。活動時期、目的、規模……これだけでは仮説の肯定も否定もできない。


「そのアペリエンスってどうやって襲撃してるんですか?」

「襲撃方法はいつも奇襲から始まるそうです。その奇襲はとても統率が取れていて、こちらの常識を逆手に取った戦術も取ってきます。まるで、私たちとは違う物の見方をしているようで……」


 そこまで言ってミィナさんの言葉が止まる。どうやら同じ考えに辿り着いてしまったようだ。私も、確証はないがその可能性が高いと判断した。


「チノンさん、もしかして……?」

「確証はない……でも、かなりの確率でその"リッケヒャー"が転生者だと思う。その場合、アペリエンスは転生者に率いられた武装集団ってことになるわ」


 私の仮説を聞いて、ミィナさんも目を見開いていた。

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