第4話 運を金に換えるな

 着信画面に映る名前を見た瞬間、心臓が跳ねた。


 ——まさか……!


 「どうした?」


 彼が私の様子を見て、静かに尋ねる。


 「……この人、有名なプロデューサー。ずっと憧れてた人なの……!」


 そう、画面に映っていたのは、エンタメ業界で成功したい人なら誰もが知る大物プロデューサーの名前だった。

 以前、友人の紹介で名刺をもらったことはある。でも、直接連絡をもらえるなんて——。


震える指で通話ボタンを押す。


 「……もしもし?」


 「おお、久しぶり。今ちょっと話せる?」


 電話の向こうからは、落ち着いた大人の男性の声。


 「もちろんです!」


 「君、今フリーで活動してるんだよな? 実は、面白いプロジェクトがあるんだ。スポンサーもついてて、君のイメージにぴったりな企画なんだけど、興味ない?」


 ——え?


 まさかの仕事のオファー。それも、ずっと夢見ていた世界への扉が、目の前に開こうとしている——。


 「興味あります! ぜひ詳しく聞かせてください!」


 興奮しながら答えた、その時だった。




 「ダメだ」


 私の目の前にいる彼が、低い声でそう言った。


 「え?」


 「その仕事、受けるな」


 電話口の向こうで、プロデューサーが「どうした?」と怪訝そうな声を出す。


 「す、すみません、ちょっと……」


 慌てて電話をミュートにして、彼を睨みつけた。


 「なに? せっかくのチャンスなのに!」


 「それは“運の借金”になる」


 彼の目は、真剣だった。


 「運の……借金?」


 「君は今、運の流れに乗ってる。でも、ここで“運をお金に換える”と、その流れは止まる」


 「意味が分からないよ! チャンスが来たのに、どうして?」


 「そのチャンスは、本当に君が積み上げた運で手にしたものか?」


 「え……?」


 「もし違うなら、それは未来の運を前借りすることになる。つまり、“運の借金”だ」


 私は言葉を失った。


 「運の借金をすると、一時的に成功する。でも、その後に必ずツケを払わされる。それは、君自身の運だけじゃなく、大切な人たちの運まで巻き込むことになるんだ」


 「……そんなの、迷信みたいな話じゃない」


 「迷信かどうかは、もうすぐ分かるさ」


 彼はふっと目を伏せた。


 「君は今、選択の時にいる。運を積み重ねて本物の奇跡を起こすか、それとも目の前の成功に飛びついて、運を借金するか」


 「……」


 私はスマホを見つめたまま、迷っていた。

 これを逃したら、もう二度とチャンスは来ないかもしれない。

 でも、もし彼の言う通りなら——。


 「決めるのは君だ。でも、どちらを選んでも、俺は後悔しないように祈るだけだ」


 彼の言葉には、どこか寂しさが滲んでいた。


 私は深呼吸をして——。


 ミュートを解除し、電話の向こうのプロデューサーに向かって、ゆっくりと口を開いた。

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