私とおばあちゃんとひな人形

kayako

前編


 まだ物心がつくかつかないかの頃、私は父方のおばあちゃんからひな人形をもらった。

 お内裏様とお雛様。二人揃ってすまし顔の、いわゆる平飾りのひな人形セットだった。


 それ以来、3月のひな祭りになると私と母はひな人形の飾りつけに勤しんだ。

 リビング用のテーブルの上に真っ赤な緋毛氈ひもうせんを敷き、金色の屏風をたて、雪洞ぼんぼりを置き、桜と橘で飾り付けていく。

 やや狭いテーブルの上で、お膳と菱台をどこに置くかはいつも悩んだものだ。

 そして、ダンボールの奥底に綿で丁重に包まれていたお雛様とお内裏様を運び出し、台座に静かに乗せていく。

 1年ごとに見るお雛様とお内裏様の白い顔。薄紅の唇。

 切れ長の瞳は完全な黒ではなく、深い鳶色。よく見ると黒い瞳孔までがしっかり作りこまれている。

 いつ見ても、ため息が出るほど綺麗だった。


 普段から人形遊びが大好きだった私にとって、年に一度のこの作業は楽しくてたまらなかった。

 お内裏様とお雛様の髪を整え、お内裏様に太刀としゃくを、お雛様には桧扇を持ってもらうと、ひな壇は見事完成。

 そして忘れてはいけないのが、ひな祭りの為におばあちゃんから贈られたオルゴールだ。

 素朴な木札の形をしたオルゴール。おばあちゃんと私の名前が書かれている。

 オルゴールから流れるのは勿論、「うれしいひなまつり」のメロディー。

 これを鳴らすと、我が家のささやかなひな祭りの始まりだ。


 しかしただ一つ、私は気になることがあった。

 私も母も、ひな人形の箱に入っていた飾りつけ用のマニュアルを見ながらいつも飾りつけをしていたのだが――

 マニュアルに書かれたひな壇は、七段。しかもお雛様とお内裏様以外にも、たくさんの人形がある。

 官女、五人囃子、随身、仕丁……

 見たことも聞いたこともない人形たちが、マニュアルにはずらりと載っていた。


「お母さん。

 何故、この人形たちはここにいないの? 三人官女とか五人囃子とか」


 そう尋ねてみても、母はちょっと困ったような顔をするばかり。

 いったいこの人形たちは何故、私の家のお雛様と一緒にはいないのだろう?

 そう疑問に思っていた――



 その頃私たち一家は、父の仕事の為に地方に住んでいた。

 しかしそれ以前はずっと、おばあちゃんの家に住んでいた。私たち一家と、おばあちゃんと、私の叔母(つまり父の妹)一家と一緒。私が生まれたのもその家。

 おばあちゃんの家はかなり大きかったものの、三世帯同居も同然の状態だった。

 私が生まれてすぐ、叔母一家にも続けて姉妹が生まれた。つまり私のいとこ。

 とても可愛らしい姉妹で、いつも一緒に人形遊びをしたものだ。


 だから私たち一家は、引っ越しをしてからも年に何回か東京を訪ね、同時におばあちゃんの家にもお邪魔していたのだが――



 ある年の春休み。

 私がまだ小学校に上がったばかりの頃、たまたま私たちはおばあちゃんの家を訪ねた。

 いつもおばあちゃんの家に行くのは夏休みか冬休みが多く、春に行くのは珍しい。

 だからなのか、おばあちゃんはいつもより盛大に歓迎してくれた気がする。



 しかしそこで私は初めて、七段のひな壇を直接目撃することになった。

 壁に大きく飾られたひな壇。

 綺麗に揃った三人官女に五人囃子。

 箪笥に長持や鏡台といった嫁入り道具の数々。重箱、お駕籠、御所車など、他にも見たことのない道具がたくさんあった。



 それを前に、無邪気に自慢してくるいとこたち。


「へへー、いいでしょ!

 ウチのお雛様、すっごく豪華で!!」


 子供にはありがちなことだが、私といとこたちはお互い、一緒に遊ぶたびお互いの何かを自慢し合っていた。私の髪型の方が可愛いだの、私の服の方が可愛いだの、私の方が人形の服をいっぱい持ってるだの、果ては私の家の方が豪華だの。


 そしてだいたいの場合、私の方が負けていた。

 いとこたちは優しいおばあちゃんと一緒に住み、豪勢な家で暮らせて、服でも人形でも可愛いものを何もかも買ってもらえる。

 お雛様だって、私のより豪華なものを。



 なんで。なんで。なんで?

 私だって、!!



 私はずっと、おばあちゃんと住んでいたはずだ。両親や、いとこの一家と一緒に。

 なのに父の仕事の都合という、子供にはわけの分からない理由だけで、無理矢理地方に引っ越しをさせられて。

 いとこたちはお金持ちの子が通う学校に通ってるのに、私は当たり前に地方の公立の学校へ。

 いとこたちは晴れやかな東京に住んでいるのに、私は寒くてたまらない地方の団地住まい。

 そして気が付いたら元いた家は全部、いとこ一家のものになっていた。

 おばあちゃんの愛情も、全部いとこが持って行ってしまったのか――



 おばあちゃんの家を後にして母と一緒に電車に乗った時、たまらなく悲しくなった。

 なんで私の家のお雛様には、三人官女も五人囃子もいないのか。

 おばあちゃん家で見たものだけじゃない。テレビでよく見るお雛様だって、七段が当たり前だ。なのに――


 そう聞こうとして、ふと母を見上げた。

 しかし母の横顔はいつもと違い、何故か奇妙に強張っている。

 いつもは優しく何でも答えてくれる母なのに、今日はどことなく厳しい。

 唇は固く閉ざされ、目はじっと電車の外の景色を見据えているが、景色を見てはいない。

 何も聞いてはいけない気がして、私も同じように口を閉ざしてしまった。



 帰宅してから私たちを出迎えてくれたのは、お内裏様とお雛様。

 いつもすました表情を変えない人形たちだったが、今日はどことなく淋しく見える。

 それでも母はぼんぼりを灯し、買ってきたあられや菱餅を添え、私と一緒にお雛様たちの前に座った。

 そして母は、私の頭を撫でながら話し始める。


「あなたは、おばあちゃんにとって初めての孫なの。それは絶対に変わらない。

 おばあちゃんはそんなあなたの為に、心をこめてひな人形を選んでくれた。

 たくさんのお人形を買ってあげることは出来なかったけど……

 その分、とても綺麗なお雛様を選んでくれたの」


 そう言いながら母は、お雛様の前に飾られたオルゴールを手にした。

 私とおばあちゃんの名が書かれた木札のオルゴールから、あの歌が流れてくる。

 そう、「うれしいひなまつり」が。


 その時のお内裏様とお雛様の顔が、何となく嬉しそうになった気がして――

 私も、何も言えなくなってしまった。




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