距離の近さは、気持ちの近さ──らしい

宇治ヤマト

短編『距離の近さは、気持ちの近さ――らしい』

「よう! ひで。ボウリングに行くべ!」


 大学の春休みのある日、高校の同級生だった代々木よよぎ智成ともなりから電話がかかって来た。


 ともからの電話自体、かなり久しぶりだ。

 ボウリングとは別な目的がありそうだな……と、この時点で俺は思った。


「いいよ。それで、何時いつだ?」


 取り敢えず、乗って情報を探るか。


「今日の夜なんだけど……、ダメか?」


「今日? しかも、夜かよ?」


「そう、もう一人の都合で今夜なんだよ」


「もう一人って、誰?」


「聞いて驚け! 森本美音もりもと みおんだ」


「──ん? 森本って、バド部だった森本か?」


「そうそう!」


 あぁ、高校の時、確か……智が気になると言ってた森本だ。顔はよく思い出せないな。

 あれ、森本って進路は何処だったかな? 大学ではなかった記憶が……。まあ、いいか。


「う~ん。夜だと、電車の本数が少ないんだよなぁ……」


「英、免許持ってるだろ?」


「……この一年、ほとんど運転してない。しかも、今日の夜は、親父が仕事の会合で車使ってるからダメだな。

別な日の昼間に、二人で電車でゆっくり行ってくれば、いいんじゃねーの?

そもそも、俺の必要あるか?」


「うんにゃ、ある。俺一人だと緊張するもの。車は、家の母さんの軽四を借りた。問題ねーよ」


 ……? 智が緊張って、ガラじゃあない。

 これは、アレだ。ハンドル・キーパーと、俺は『引き立て役』なのだろう。

 ちなみに、俺はボウリングがあまり得意ではない。だから、か。


「仕方ない。行くか」



 ──────────────────────



 時刻は19時過ぎ。智の家まで徒歩で行き、そこからは、智の母親の軽四での移動となった。


 まさかのマニュアル車だった。

 シフト・レバーの癖が強い。サードに、なかなか入らないのだ……。が、コツはわかったぞ。


ひで、なんか元気なくね?」


「いや、バイト疲れだ。大した事ないよ」


 実の所、ちょっと体調が悪い。

 昼過ぎから熱っぽくて、家を出る前に検温してみたら37.2℃だった。風邪かなぁ……。宅配の倉庫仕分けのバイトをしてるのだが、先日はかなり寒かったのだ。


「俺、森本の家わからんから、ナビ頼むぞ?」


「任せろ!」


「で……、俺は、智と森本の仲を取り持つ的なポジションでいいのか? 引き立て役と言うか」


「まぁ、そうだな。いつもの普通の英でいいよ。後は、適当に盛り上げてくれたらいい。森本ちゃん、結構敏感だからさ」


 ふむ……、盛り上げるのは難しいポジションだな。

 それに、俺は森本とは高校時代には、あまり話した事ないしなぁ。


 まあ、流れに任せよう。



 ──────────────────────



 森本の家に着いて、智がスマホでコールすると出てきた。


 てっきり後部座席に座ると思っていたが、森本は助手席に乗り込んで来た。


「お邪魔しま~す♪」


「あれ……? 髪切ったんだ」


 思わず、俺は口にしていた。

 森本は、高校生の頃はセミ・ロングだったけど、ショート? いや、確か……レイヤー・ショート・ボブか? サークルの先輩の髪型にかなり近い。


羽野はの!? 久しぶりなのに、良く気づいたねぇ!? 髪、どう……かなぁ?」


「可愛いよ」


 スルりと言葉が出た。自分でもビックリ……。

 俺、こんなキャラだったっけ? 大学で鍛えられたのかな?


 リア・シートに居た智は、焦って森本に声をかける。


「森本っちゃん!? リア・シートに座らない……?」


「え? 面倒くさいからココでいいよ」


「なんか、ともが話したい事あるみたいだよ?」


 俺も掩護射撃をしたが……


「後でね」


 これは、動かないな。

 智、頑張れ。



 ──────────────────────



 その後、智は結構頑張ってた。


 俺は、運転に集中する様にして、二人の話を聞いていたのだが、驚いた内容があった。


 高校の時の同級生が、既に二人亡くなっていたのだ。


 一人は病気。もう一人は自○だった。


 まさか……、高校の時は楽しそうだった記憶があるが……。


 森本は、同級生事情に詳しい様子だ。




 ──「ねぇ?」と森本が俺に聞いてきた。


「羽野って、下の名前は? ひでなに?」


英将ひでまさ、だよ」


「さっきから気になってたんだよね。じゃあ、ひでって呼んでいい?」


「……お好きにどうぞ」


「私の事も美音みおんって呼んでいいよ」


「森本じゃ、ダメなのか?」


「美音のほうが、呼びやすいでしょ」


 そうかな? けど、本人が言うなら。


「わかった……」


 ルーム・ミラーで見たが、智の顔色が悪い。

 もうちょい頑張ってくれ!


 にしても……森本って、こんな感じのだったんだな。



 ──────────────────────



 ボウリング場についたが、喉の痛みが出てきた。終わるまで、持ってくれよ俺の身体。


 シューズを借りて、ボールを選んで居たのだが、森本が隣に並んだ。


「軽いボールは、となりのコーナーにあるぞ?」と、俺が言うと


「喉渇いたから、ジュース飲も? 運転してくれてるから、奢ってあげる!」


 まぁ、いいか。ここで話して置いた方が良さそうだし。


「智っ! なに飲む?」少し遠くに居る智に声をかけた。


「レッドブルか、モンスター!」

 あー、相変わらずだな。高校の頃は、レッドブルとモンスターとオロナミンCを混ぜて飲んで「最高に効く!」とか言ってたしなぁ。

 智の分は俺が買おう。



 俺は、森本を伴って自販機コーナーへ来た。


「英、何飲むー?」


「じゃあ……パックの白牛乳」


「ぶっは!? マジで? ウケるんだけど」


「牛乳好きなんだよ」


「私もパックのにしよ。イチゴ・オレ」


「なあ、森本?」


「み・お・ん!」


「……じゃあ、美音さん?」


「さんは、いらない。どしたの?」


「実は、だな……。今日誘ったのは、智が……美音に気があるみたいなんだよな。だから、俺には、あまり構わないでいいというか……」


「ふ~ん。でもね、私にも好みってものがあるのよ? それにね、代々木君は彼女がいるのよ」


 えっ?


「知らなかったみたいね? 郷田ごうだ早央莉さおり。覚えてない?」


「……覚えてる。けど、彼女じゃなくて、友達なんじゃないのか?」


 俺と同じクラスだった女子だ。

 智とは仲が良さそうだったが……付き合っている、のか?


「代々木君も、英も、新比古市の大学でしょ。

あっちに行ってから付き合ってるの。郷田ちゃん以外にも、女が居るって噂よ」


「……そうか。知らなかったな、それは。後で確認しとくよ」


まさか、智がそんな感じで向こうで生活してるとはな……。


「英の連絡先、教えて?」


「うーん、後でな……」



 ──────────────────────



 ゲーム開始となった訳だが、俺は段々と体調不良が悪化してきた……。

 さっきより、身体がだるい。


 ……が、1フレーム、2フレームもストライクが続き、3フレームでもスペア……。

 俺の身体、どうなってんの!?


「英、すごーい!」と、美音とハイタッチ。

 ハイタッチが慣れないし、照れる……。



「──! また、ガターかよ!?」


 一方の智は、絶不調の様子だ。



「英、どうやってストライク取ってるの?」

 不思議そうに、美音が聞いてきた。


「ストライク・ポケットを狙って投げてる。やり方としてはだな……」


 俺は、温泉同好会の先輩から習った投法と、ボールのコース取りを美音に教えた。


「うん、わかった! やってみるね」


 美音の番となり、構えたが……、

 ん……?

 さっきより、構えが様になってる。


 ──ドゴォン!


 ……ストライクだった。


 マジかよ?


「やったやった! 英に教わった方法で投げたらストライクだよ!」


「覚えるの早すぎ!」


 言いながら、俺達はハイタッチした。


 一方の智は、スプリット、そしてガター……。



「……気分直しに写真撮らね?」


 と、智が提案してきた。


ふむ……。


「よし、俺が撮ってやるよ。はい、二人で並んで~」


 智のスマホを受け取って画面越しに見たが、


 ん……? 二人の間の距離が……一人分入れそうだが、まぁいいか。パシャリ。


「じゃ、私と英も撮って。私のスマホでね」


 並んだが、近すぎ……!


 美音は、ほぼ俺に寄り添っている……。

 俺は離れようとしたが、グッ! え?

 俺のジーンズのポケットのふちに指を引っ掻けて離れさせてくれない……。

 マジか、この人!


 パシャリと、シャッターを押した智は、絶望的な表情となっていた。


「俺ん時と、距離違くね……?」


「気のせいよ~!」と、美音は機嫌が良さそうだ……。


「英、写真送るからスマホ! 連絡先教えて!」


「……はい」


 知能犯だ……。さりげなく連絡先を交換しなければならない流れを作りやがった。



「……英、顔赤くない?」


 少し心配そうな表情で、美音が聞いてきた。


 ちょっと熱があるから、とは言えないなぁ。


「気のせいじゃない?」と答えておいた。


「私が可愛いから、照れてる?」


「……無くはないかもな」


「ほほぅ……。英って、彼女いるの?」


「いないよ。大学生活も結構忙しいし、バイトも忙しいからね」


「そっかー。この話は、また後だなぁ」


 美音はそう言って、アプローチ・エリアに入って行った。



 ──────────────────────



 ゲームの結果として、


 智 98点


 美音 125点


 俺 177点


 ――177点を出したのは、生まれて初めてだ。

 だが、熱が上がって来ているのを感じる。参ったな……。



 ──────────────────────



 その後、カラオケへ行く事となった。

 智のヤツ、三時間も予約しやがった。


「……美音、あまり遅くならない方が、いいんじゃないか?」


 俺は聞いてみたが、


「大丈夫だよ! 今日は遅くなるって親に言って来たから。けど、カラオケでお開きにしよっか」


「そうだな。俺は、ペーパー・ドライバーだから、運転ゆっくりだしな」



──で、カラオケなのだが、俺は苦手なので、聞き手に回った。


なので、智と美音のリサイタル状態だ。二人とも上手いのと、美音は声がとても良い。


一時間程経過して、美音から声がかかった。


「英も、一曲くらい歌ってよ?」


「う~ん、俺……苦手なんだよなぁ。まぁ、一曲歌うか、歌謡曲を」


 カラオケ自体、半年ぶり位だ。


 が、まあ、なんとかなるだろ?


 ~♪ ──アレ? 乗った!?

 今日は調子が良いみたいだ!

 ──よし! ここからは、熱唱──!!


 ジャガジャン!


「ヒューヒュー!」と智は囃し立ててくれたが、ん? ──固まってる、美音が。まさか……、ジャイアン・リサイタル状態だったのだろうか?


「美音!? 大丈夫?」


俺が声をかけると……


「……声が良すぎて、ダメ……! 腰が抜けた……」


 ──!?


 そんな事、あんの?


「トイレに行きたいから付き添って……」


 と言われて、俺は美音に肩を貸して二人でトイレへと向かった。


「大丈夫か?」


「声が良いとは思ってたけど……。やられたわぁ……。子宮にキタのと……、声でイキそうになった……。これはもう、責任取って貰わないとダメなレベルだわ!」


「……やられたって。俺、なんもしてないぞ?」



 ──────────────────────



 そんなこんなでカラオケも終わり、帰路に付いた。


 もう、帰ったら薬飲んでぐっすり寝よう……。



「眠たかったら、寝てていいよ」


 と、俺は美音に話したが


「眠くはないかな。代々木君は……寝てるねぇ」


 ……軽くいびきをかいて寝てる。主催者なのになぁ。


 俺と美音は、缶コーヒーを飲みながら話していた。


「明日……、さぁ……」と美音が言い出した。


「明日、どうした?」


「電話して……いい?」


 えっ?


「いや、まあ……いいけど……」


 智に、悪い様な気もするなぁ。


「代々木君の事も、明日詳しく教えてあげる」


「……そっか、わかった」



 ──────────────────────



 ──── 一夜明けて、


 俺は39℃台に熱が上がってしまった。

 母親から病院に行った方がいいと言われて、自宅から近い病院へかかる事にした。


 幸い、混んではおらず、診断としては急性扁桃炎との事だった。


 薬を処方してもらって、タクシーで家路についた。


 昨夜から、美音の事が頭から離れない。なんでだ……ろう。



 ──────────────────────



 処方して貰った薬を飲んでベッドで寝ていたが、スマホが鳴った。


 ──美音だった。


「……もしもし、羽野です」


「あれ!? 鼻声じゃん?」


 元気だな、美音。


「風邪引いたみたいでね。発熱してるんだよ」


「やっぱりか! 昨日、変だと思ってたんだよね」


「ということで、電話は後日でいい?」


 話してるのも、結構辛い状態なのだ。


「う~ん……。お見舞いに行かせて。断るのは無しで」


「……えー?? なんで、そんな強引なの?」


「治るの待ってたら春休み終わっちゃうでしょ! ホレ、家の住所教えて!」


「しゃあないな、住所は───」



 ──────────────────────



 ピンポーン♪


 来たか……。身体が鉛のように重く感じる。マスクを着けて、と



 ──「いらっしゃい」フラフラする……。


「おおっ、結構重症っぽいね?」


 だから言ったじゃん……? と言いながら、俺の部屋へと案内した。


「ティーポットに紅茶入ってるから飲んでいいよ。ごめん、俺は横になっていい?」


「勿論だよ。色々買って来たよ~! まずは、どれどれ、喉みせて?」


「うつるぞ?」


「私、治ったばかりだから大丈夫。どれ?」


 ご丁寧にスマホのライトで喉の奥を照らして、美音は俺の喉の奥を見た。


「あー、腫れてるね。扁桃炎って言われた?」


「そう、急性扁桃炎だってさ。あ……、思い出した」


「何を?」


「美音って、看護学生じゃなかった?」


「そう、看護師の卵なのよ。じゃあ、今度は口閉じて」


 俺が口を閉じると、美音が額を触って来た。顔が近ぃ……。


「やっぱり熱高いね。じゃあ、ちょっとだけ……」


 額に触っていた手を下げて目隠しをされた。

 何だ……? 唇に何かが触れた。


 ──えっ?


 美音が、そっと手をけると、俺の唇にキスして、いた……。


 ゆっくりと唇を離して、美音は言った。


「今日さ、私の事ばっかり考えてたでしょ?」


「……エスパーかよ?」


「私も、そうだったから」


 えっ?


「英がフリーなら、私が彼女になってあげよっか?」


 なんとも、急展開だ。


「ありがたいんだが、智の手前もあるしなぁ……」


「それね、さっき代々木君に電話して『私、英の彼女になるから』って言っておいたから、大丈夫!」


 マジかよ? どうりで、智から今日は電話もメッセージも来ない訳だな。


「俺に断られらるかも……、とは考えなかったの?」


「昨日の英の様子を見てたら、それは無いって思ってた。私の事、意識しまくりだったから」


「さいですか……」


「代々木君の事なんだけどね……」


「昨日、美音を送った後に聞いたよ。ちょっと脅したら、アッサリ吐いた」


「本人は、何て言ってた?」


「郷田とは上手く行ってない、合コンで引っ掻けた女子とも付き合ってるってさ」


「……やっぱりね。郷田ちゃんにも言っていい?」


「うん。俺からも、智に釘は刺しておいた」


「なんて言ったの?」


「『情報が筒抜けだから、程々にしとけ。郷田とは白黒つけなよ』って言っておいた。

昨日、帰りの俺達の会話は聞いてたみたいでね。途中からは狸寝入りだったらしい……。俺と美音が、くっつきそうな予感はしてたみたいで、元気なかったよ」


「そっか……。まずは、何か食べない? 色々あるけど、プリンとゼリーは?」


「じゃあ、ゼリーを」


 身体を起こそうとしたが、止められた。


「食べさせてあげるから」


「はい……。ところで、俺が彼氏でいいのか? 距離的にも少し離れてるし……」


「私、車持ってるから大丈夫よ?」


「いや、来るなら電車で来てくれ。道中が心配だ。電車代は出すよ」


 心配性だね、と言いながら美音がゼリーを食べさせてくれた。

 あ、マスカット味かな? 味が、ようわからん状態になってる……。


「……なんで、こんな急展開になったんだろう?」


 俺は、素直な疑問を吐露した。


「昨日、英に会った時にね……、この人、垢抜けたなあって思ったのよね。優しいし、気がついたら……好きになっちゃってたの……。今を逃したら機会は無いって、ちょっと焦っちゃった。

英は……?」


「……昨日、美音に会った時に……、めっちゃ可愛いなって……素直に思った。

まぁ、後は、お察しの通りだ……」


「昨日で、好きになっちゃった?」


「……そうだね」


「良かったぁ!」




 その後、しばらく無言で食べさせて貰っていたが……


「英、そんなに見つめられると、私照れちゃう……」


「……いや……、あっちに行っちゃうとしばらく、顔見れないからさ」


「昨日撮った写真あるじゃない?」


 ! ……忘れてた。



 ──────────────────────



その後、母親がパートから戻って来たので、美音はきちんと挨拶してくれた。

 学生ってより、社会人みたいな丁寧な挨拶だった。こんな一面も、あるんだな。



 帰りがけに、美音が寂しそうに話し出した。


「英は何時いつ、向こうに戻るの?」


「こっちには、あと一週間位は居る予定。その後は、向こうでアルバイトがあるんだよ」


「ふむ、ギリギリ……かな?」


「何が?」


 美音はちょっと顔を赤くして、俺の耳元で小声で言った。


「向こうに戻る前に、風邪治して……ヤるよ?」


「えっ!? 性急過ぎない?」


「だって、大学にも女子いるでしょ?

しっかり唾つけとかないと!」


 今回は、キスだけでも良さそうな気がするんだが……。それを言ったら、美音が怒りそうだな。


「……わかりました」


「よろしい! じゃあ、また明日ね!」


 明日も来るのか!?


 まあ、嬉しいんだけどね。


 ───思いもよらず、帰省中に……可愛い彼女が出来てしまった。





 fin




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 これからも、宜しくお願い致します!


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