第一章 「偽りの黒筒」 第二話
突如、村人の一人が慌てて駆け込んできた。顔色は青ざめ、肩で息をしている。
「村の門に……矢文が刺さってたんだ!」
その言葉に、村人たちがざわめく。
村長が矢文を受け取り、震える手で広げる。そこには、汚く学のない筆跡でこう書かれていた。
『明日の日没までに、村長の娘を差し出せ。さもなくば、村を焼き尽くす』
「とうとう……とうとう来たのか……!」
「もうダメだ……俺たちは終わりだ……」
「神よ……どうか我らをお救いください……」
村人たちは次々と膝をつき、泣き崩れる。
村長は手を震わせながら、矢文を握りしめた。
「セシリア……」
村長と妻は娘を庇うように抱き寄せる。
セシリアの顔は青ざめ、唇を噛みしめていた。
「まさか……あの盗賊団なのか?」
村の男たちが顔を見合わせ、絶望したように息を吐いた。
「奴らは最近、近くの村を次々と襲っている…。」
「同じような矢文を送られ、要求に応じなかった村は…焼かれた…。」
「奴らはただの盗賊じゃない。組織だったプロの略奪集団だ」
レイジは静かに矢文を見つめた。文章こそ粗野だが、確かに計画的な意図が感じられる。
(……ただの野盗じゃないな)
村を焼くだけでなく特定のターゲットを指定するあたり奴らは明確な目的を持っていた。
(セシリアを攫って、慰み者にするか……あるいは人身売買の品にするつもりか)
彼らはただの山賊ではない。組織的に動く、計画性を持った略奪者たち。過去に村を焼き、殺し、奪ってきた。そして今この村が、次の標的になろうとしている。
村人たちのざわめきの中、レイジの胸には焦燥感が渦巻いていた。表向きは冷静に振る舞っていたが、内心は冷や汗をかくほどの危機感を抱いていた。
もし、俺が本当にPTSDだったら?
戦う以前に、血を見た瞬間に体が動かなくなれば、それで終わりだ。敵の前で膝をつき、恐怖に支配されたまま、殺されるのを待つことになる。
(……あの時みたいに)
脳裏に、冷たいアスファルトと、腹の中に突き刺さった刃の感触がよみがえる。思い出すだけで喉が詰まりそうになる。
(…そんなことを考えている場合じゃない)
拳を握る。震えそうになる指先に力を込めた。
もう一つの問題は、敵の情報が圧倒的に足りていないことだった。
「相手は大規模な集団ではない」
そう村人たちは言ったが、それはただの噂にすぎない。
「おそらく20~30人程度の盗賊団」
そう語る村人もいたが、実際に敵を見たわけではなかった。
本当に20人か?もしかしたら、50人かもしれない。あるいは、それ以上かもしれない。
確かなのは、敵の本拠地すら分からない ということだった。盗賊たちがどこに潜んでいるのか、どうやって村を襲うつもりなのか。偵察するにも、時間が足りない。
村人の話を総合すると、近くに隠れたキャンプがある可能性が高いが、確証はない。もし見つけ出せたとしても、今から探して間に合うかどうか、いや、確実に間に合わない。
(クソ……全てが手遅れだ)
さらに、最も大きな問題があった。
俺の炎魔法は、この村では使えない。もし全力で炎を放てば、一瞬で盗賊を燃やし尽くせるだろう。しかし、ここは木造の村。家々は乾燥した木材と藁葺きの屋根で作られている。
火を使えば、一撃で敵を殲滅できるかもしれないが、村も焼ける。
この村は小さい。風が吹けば、一軒が燃えれば、瞬く間に全てが灰になる。魔法を使って村人を助けるつもりが、結果的に自分の手で村を滅ぼすことになる。
(どうすればいい?)
炎は使えない。敵の規模は不明。偵察する時間もない。そして俺は、PTSDの可能性がある。
もはや、絶体絶命の状況だった。
レイジは村の広場をにふと目に入ったものがあった。
大量の切り出された丸太。
(……なんでこんなにある?)
「この丸太は・・・?」
村長は言った。
「古くなった教会を建て直すために、数日前に切り出してきたんだ。」
それは、一本一本が太く、頑丈な木材だった。ここでレイジは更に村長に聞いた。
「…村に火薬はあるか?」
レイジはすぐに村長に尋ねた。
村長は一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに悲しげにうなだれた。
「あるにはある……。狩猟に使う火薬と猟銃がな。だが、数は少ない。敵と戦うには到底足りん……」
猟銃はある。しかし、古びた銃が数丁では、数十人の略奪者を相手にするのは不可能だ。
「……いや、銃のことはどうでもいい。火薬だけを見せてくれ」
そこには、猟師たちが使うための黒色火薬がいくつか保存されていた。おそらく、鉄砲の弾薬として使うためのものだろう。レイジは火薬の量を確認し、慎重に考える。
その瞬間レイジの頭に作戦が浮かんだ。
「村長……俺に、俺の背丈にぴったりの、一番いい礼服を用意してくれ」
突飛な要求だった。村長や村人たちは、一瞬、何を言われたのか理解できないという顔をした。
「れ、礼服……?」
「ああ。黒でもいいし、濃紺でもいい。とにかく、貴族が着るような、最高のものをたのむ。」
村人たちは目を見合わせた。しかし、この村の中でも一番格式の高い家である村長の家には、それなりの礼服がある。村長は戸惑いながらも、従うしかなかった。
「……わ、分かった。」
うまくいくかはわからない。しかしこの作戦にかけるしかなかった
次の日、村の入口には緊張が張り詰めていた。
陽が高く昇ると、案の定、盗賊団が現れた。彼らは10人ほど。粗野な鎧を身につけ、錆びた剣や斧、弓を携えている。肩を揺らしながら、まるで「既に勝ったかのよう」な態度で村へと歩を進めてきた。
「おいおい……随分と大人しくしてるじゃねえか」
先頭にいた男がニヤリと笑った。
盗賊団が村の門の前まで来た時、彼らの表情がわずかに変わった。目の前に並ぶ、村人たち。その最前列に立つ、堂々とした佇まいの村長。そして、漆黒の礼服に身を包んだレイジ。
さらに、盗賊たちの視界には、衝撃的なものが映っていた。
10門の大砲が、村の入口にずらりと並んでいる。
盗賊たちは一瞬、目を疑った。彼らの知る限り、この辺境の村はただの牧畜と農業の集落だったはずだ。なぜ、そんな村に、これほどの重火器がある?
「な、なんだよこれ……!」
盗賊の一人が驚きの声を上げる。リーダー格の男も、顔をしかめた。
「……お前、何者だ?」
その問いに、レイジは微笑を浮かべた。
背筋を伸ばし、貴族のような優雅な歩き方を意識する。あくまで「動じていない」という演技をすることで、圧をかけた。
「初めまして、野蛮な略奪者諸君」
あえて、相手を見下すような口調で言った。盗賊たちの表情が険しくなる。
レイジはその反応を楽しむように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
私は、この地域の有力貴族、アレクシス・フォン・グリムハルト伯の使者だ」
嘘だ。だが、盗賊たちはそれを知らない。
「この村は、グリムハルト伯と強い同盟関係にある」
「……何?」
盗賊たちの間に動揺が走る。
「貴族……? そんな話、聞いたことがねえぞ」
レイジは一瞬も表情を崩さず、堂々と続ける。
「貴族の動向を、お前たちのような下賤な者どもが知るはずもないだろう?」
「…!!」
盗賊たちの動揺が強まるのを感じた。これは、交渉戦の“初手”としては十分な効果だった。
しかしリーダー格は笑い出した。
「ハハハッ! なるほどな、おもしれぇ!貴族の使者、だと? そんな話、誰が信じるかよ」
盗賊たちも次々に笑い始める。
「おいおい、大砲なんざ、この辺境の村にあるはずねぇだろ」
「ただのハッタリだ。丸太に黒く塗っただけのハリボテじゃねぇか?まさか、本当に俺たちが騙されるとでも思ったのか?」
レイジは毅然と、彼らの様子を見ていた。
リーダーの男が剣を抜きながら、一歩前へ出た。
「その貴族様とやらがいるってんなら、証拠を見せてみろよ」
その瞬間。
「打て!」
村人が何かを大砲にした。
ドォン!!
突如、一門の大砲が火を吹いた。
轟音が村中に響き渡り、地面が震えた。村から少し離れた森の中で、大きな爆発が起こった。
ズゥゥゥゥン!!!!
破壊の音と衝撃が、辺りに響き渡った。盗賊たちは、一瞬で顔から血の気が引いた。
「な……なっ……!?」「う、嘘だろ……!?」
爆煙を見つめ、リーダー格の男は言葉を失っていた。
「本当に……撃ちやがった……!!」
「貴族の軍が……本当に来た……!?」
「ちょ、ちょっと待て、あれは……本物か!?」
「いや……あの爆発、普通じゃねぇぞ……!」
盗賊たちは、一斉に動揺し、顔を見合わせる。
疑念と恐怖が入り混じり、彼らの思考は混乱し始めていた。
盗賊たちが一斉にレイジを見た。
「今のは、ただの威嚇射撃、だが、次の砲弾は……お前たちに向けられる」
レイジは、大砲を指し示した。
「さあ、どうする?」
盗賊たちの背筋に、冷たい汗が流れた。
「く、くそっ! こんなもん、やってられるか!!」
「撤退だ!! ここはヤバい!!」
「逃げるぞッ!!!」
盗賊たちは、一斉に踵を返し、全速力で森の中へと駆けていった。
「や、やった……!」
「追い払った……!!」
「村が……守られたぞ!!!」
セシリアは感極まったようにレイジを見つめ、涙ぐんだ。
「レイジさん……! ありがとう、本当に……!」
村の門前にずらりと並んだ10門の「大砲」。
盗賊たちは、それが圧倒的な威圧感を放っているのを目の当たりにし、明らかに怯えた表情を浮かべていた。しかし、これは全て、偽物だった。本物の大砲など、この村にあるはずがない。
その正体は、丸太をかまどの灰で黒く塗り、台車に固定したもの。見た目は本物そっくりだが、内部は完全に空っぽの“張りぼて”だった。
「撃ってみろ!」と盗賊たちに言われれば、すべてが破綻するような単純なトリック。
だが、レイジにはそれを本物に見せるための「次の策」があった。
嘲笑に合わせるかのように、一門の大砲が轟音を立てて火を吹いた。
盗賊たちは、一斉に跳び上がる。だが、実は「撃った」のではない。
発射用の大砲だけは、鍋を砲口にはめ、その中で火薬を爆発させる仕組みになっていた。火薬の圧力で鍋が跳ね飛ばされ、まるで砲弾を撃ったように見えるトリック。
それと同時に森の中で、大爆発が起こる。煙と炎が立ち上がり、木々が揺れ、爆風で鳥たちが飛び去る。
だが、この爆発もまた、事前に仕込んでおいたものだった。村から少し離れた森の中に火薬を埋め、レイジの魔法で点火することで爆発を同期させたのだ。
盗賊たちには、それが「撃たれた砲弾が着弾した爆発」に見えた。
実際には、大砲と森の爆発はまったく無関係、しかしれを完全に「同時」に見せることで、「撃った」「当たった」という錯覚を与えることに成功したのだ。
「勝ったぞ!!!」
「盗賊どもが逃げた!!!」
村人たちは抱き合い、涙を流し、レイジを称賛した。
セシリアも、胸を押さえながら安堵の息をつく。
「レイジさん……本当にすごい……!」
しかしそんな中で、レイジだけは笑わなかった。そして、口を開いた。
「……喜ぶのは、まだ早い」
村人たちが、一斉に彼を見た。
「え……?」
レイジは、表情を引き締めたまま続ける。
「奴らはおそらくすぐ帰って来る。さらに軍勢を引き連れて…!」
森の奥深く。
木々が生い茂る中に、隠れるように建てられた粗末な砦。ここが、盗賊団の本拠地だった。村から逃げ帰った盗賊たちは、肩で息をしながら奥の大部屋へ駆け込んだ。そこでは、豪奢な椅子に座る、一人の男が待ち構えていた。盗賊団の親分、ロドリゴだ。
筋骨隆々の体躯、ギラついた眼光、傷だらけの顔。戦場で何人もの人間を殺してきたのが一目で分かるような、「本物」だった。
「へへ……へ、へい親分、ちょっと聞いてくだせぇよ!」
「やべぇっすよ! あの村、貴族とつながってやがる……!」
バシッ!!
報告を終える前に、ロドリゴの拳が飛んだ。殴られた盗賊が地面に転がり、口から血を吐く。
「……チンケな村に貴族の影があるぅ?」
親分はゆっくりと立ち上がり、部下たちを見下ろした。
「馬鹿野郎……! そんなもん、あるわけねえだろうが!」
「ひ、ひぃっ……!」
盗賊たちは縮み上がった。
「考えてみろ。たかが村が、貴族様とつながってるなら、そもそも俺たちが今まで好き放題にできるはずがねぇ」
「で、でも親分!、爆発が……!」
「爆発なら、火薬でも仕込めばできるんだよ。」
ロドリゴの顔が、冷徹な笑みに変わる。
確かに、あの状況は不自然だった。だが、その場では完全に騙されていたのも事実。ロドリゴは腕を組み、邪悪な笑みを浮かべる。
普通の村なら、盗賊に「村を差し出せ」と脅された時点で怯え、震え上がるはず。
戦うことすら考えず、娘を差し出して終わりだった。
だが、あの村は違った。大砲のハリボテを用意し爆発を仕掛け、盗賊団を騙し撤退させた。
「……あの村、ちぃっとばかし普通じゃねえな」
ロドリゴは、顎を撫でながら呟いた。
「まさか、ただの村人が、ここまでやるとはな……」
口元に、野獣じみた笑みが浮かぶ。
「面白え。野郎ども!あつまれ!」
親分の声に、砦の奥にいた盗賊たちが集まり始める。
すでに酒を飲んでいた者、武器を手入れしていた者、賭け事をしていた者。盗賊全員が、ロドリゴの前に集まった。
「今までは、チンタラ少人数で村を狙ってたが……今度は、全員でぶつかるぞ」
盗賊たちは一斉にざわめいた。
「マジかよ、親分!」
「本気で潰すんですかい?」
「へへっ、やっと俺たちの本気を見せられるってわけか……!」
ロドリゴの目が、ギラリと光る。
「やつらにわからせてやる」
「俺たちが、「本物」だってことをな」
ロドリゴは、指をバキバキと鳴らしながら、冷酷に言い放つ。
「男も女も、子どもも関係ねえ!全員ぶち殺して、豚の餌にしちまえ!」
盗賊たちの中に、邪悪な笑いが広がる。
「へへっ……今までの村と同じように、片っ端から焼き尽くすってわけか」
「若い女は先に楽しませてもらうぜ?」
「クククッ……いいな、それ、今度こそ村長の娘で楽しませてもらうぜ!」
「ひひっ、ガキどもは泣き叫ぶんだろうなァ!」
獣のような、悪意に満ちた笑い声。
これこそが、彼らが「本物」である証明だった。
ロドリゴは、腰の剣を抜き、夜空に突き立てた。
「野郎ども……準備しろ!!」
「今夜、あの村を血祭りにあげる!!」
「オオオオオオッ!!!!」
盗賊たちが雄叫びをあげ、武器を打ち鳴らす。
まるで、戦争前夜のような狂気に満ちた空気が、砦を包み込んだ。
盗賊団が総力を挙げて、村を滅ぼしに来る。
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