剣と魔法と情報戦~チート転生主人公は虚無と欠落を抱えながら無双する~

黒井ねこ丸

序章 「ある春の日、俺は死んだ」

ある春ののどかな日だった。

彼はいつものように事務所へ向かい記事を書く、そして午後には件の政治家の関係者へ取材をする…はずだった。



フリージャーナリストの瀬名怜士(せな れいじ)はアスファルトの上に倒れていた。腹が熱い、赤いものが鉄臭い匂いとともに地面に広がっていた。


「大丈夫ですか!?」

「あいつを取り押さえろ!」

「救急車はまだか!」

混乱に満ちた声の中に彼を刺した男の怒号が混じった。

売国奴、極左テロリスト、共産主義者、反社…。

男の怒号は怜士がネットで浴び続けた誹謗中傷そのままだった。

裏金疑惑の政治家を追っていた怜士はネットの鼻つまみ者だった。ネットには彼への誹謗中傷が溢れかえった。仲間のジャーナリストは何度ももうこの件に首を突っ込むのはやめろと彼に忠告した。しかし彼はそうはしなかった。ネットなど一部の声のでかい連中がのさばるだけの臆病者だと思っていた。しかし実際は違った。

口にまで血の味が広がる。


正義のために戦った。巨悪を暴こうとした。だが、その結果がこれだ。ネットに流れた悪意のデマが真実を覆い隠し、彼を悪と断じた。人々はそれを疑いもせずに信じた。そして、たった一人の男が、歪められた正義を信じ、彼を刺した。ネットの誹謗中傷はもしやあの政治家が仕組んだものか?それともやはり自然発生的な悪意か?今となってはどうでもいいし、どうにもならなかった。


「もし…俺に…力があったら…。」

権力さえあれば。もっと強大な力を持っていたなら。自分は勝てたのか?怜士は逡巡した。

視覚が失われてゆく。世界は暗闇に包まれた。

しかし最後まで自分を刺した実行犯の罵声は聞こえ続けていた。



気づけば、怜士はただ真っ白な光に包まれた世界に立っていた。地もなければ、空もない。ただ無限の輝きがどこまでも広がる空間、それは穏やかでありながら、どこか寂しさを孕んでいた。

ふと、頭上から柔らかな光が降り注ぐ。その光は優しく、懐かしさすら感じさせる。そして、その中から、どこか慈愛に満ちた声が響いた。

「…ようこそ、魂の旅人よ。」

その声は名乗ることなく、すでに自らが「神」であると告げていた。

「あなたは、かつて正義を貫こうとしました。しかし、力を持たぬがゆえに敗れた…。」

「…私は過ちを犯したのです」」

神の声はどこか悲しげだった。


「かつての転生者たちは、力に溺れ、正義を見失った。力を持つがゆえに自らを正義と錯覚し、やがて暴君となったのです。」

かすかな嘆息が聞こえた気がした。

「だからこそ、私は最後の希望を託します」

光が一層強くなり、怜士の体を包み込む。その中に、確かな意志が宿るのを感じた。

「あなたは、力に溺れず、正義を貫くことができますか?」

もし、圧倒的な力を与えられたなら。もし、その力で世界を変えられるとしたら。

自分は、本当に正義を見失わずにいられるのか?


答えは、分からなかった。

「……わからない。自分が力に溺れない保証も、正義を見失わない保証も、どこにもない。」

その答えを聞いた瞬間、神の光が微かに揺らいだ。

「あなたなら、そう答えてくれると信じていました。」

神の声は温かかった。

「だからこそ、あなたが選ばれたのです。」

「疑い続けなさい。迷い続けなさい。そして生きてください…。」

視界が眩い光に覆われる。

意識が沈んでいく。次に目を開くとき、彼は新たな世界に生きる者となる。



運命の輪は、今、再び回り始めた。

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