06 出会いⅠ
何をするでもなくぼーっとしてたら昼休みも終わり、掃除の時間になった。
掃除当番表によると、僕は今週トイレ掃除をすることになっていた。
クラスメイトの同じく男子トイレ掃除当番の他三人と合流して、僕らの5-1教室より下の階、一階にあるトイレへと向かった。
掃除当番の中では、トイレ掃除は比較的好きな方だった。
多分ほとんどのクラスメイトがそうだと思う。
便器をたわしで掃除するのはいい気はしないけれど、雑巾を使わずホースとデッキブラシを使って掃除ができるし、先生の目も届かないため楽に掃除を終わらせることができる。
今は立夏の時期であるため、大したことはないが、冬場に雑巾掛けをするとなると冷たくて手がかじかむので、教室や廊下掃除なんかは勘弁してほしかった。
それに単純に体力を使うため、好きではない。
僕はハウスダストアレルギーを持っているため、掃き掃除さえも好ましく思っていなかった。
しゃがんで塵取りを使うときは、必ずと言っていい程に涙や鼻水が出てしまう。
加えてポケットティッシュやハンカチを忘れた日はとてもつらかった。
その時は、黒澤さんが気を利かせて貸してくれるけれど…。
ホース担当の人が水を出し始めたので、僕は掃除用具用の個室からデッキブラシを手にして表に戻った。
すると他の三人は、ホースの水で遊んでいた。
「おい、やめろってぇ」
「避けろ、避けろー」
「はははっ」
トイレ掃除当番の時は、よく目にする光景である。
また、僕もたまに参加して一緒に遊んだりもしてたけど、前にこっぴどく先生に怒られているクラスメイトを見て、最近は混ざらないようにしていた。
先生に怒られることよりも、それを他のクラスメイトに見られるのが嫌だった。
一応、前例があるし先生が来るかもよ、とだけ忠告しようと彼らに近づくと。
「悠、これを避けてみろ!」
「え!?うわぁあ!」
「あ」「うわー」
冷たい感覚が上半身に広がり、残留した。
ホースの水に当たり、ずぶ濡れな状態になった。
「だ、大丈夫か?」
「マジでごめん!避けれると思った」
そんなの僕には避けれないよ。
とっさのことで頭も回っていなかった。
「まぁ……しかたないよ」
別に怒ってはないけど、本当に。
そう意味を込めて返事した。
だけど、かなり本格的に濡れてしまっているために着替える必要がある。
それが少し面倒くさいと思った。
「よかったじゃん、今日五時間目体育だからさ!」
「まぁ、そっか、確かに…」
体操服を持ってきていたことが不幸中の幸いだった。
「俺、悠の体操着持ってきてやるよ」
「それはありがたいけど、体を拭くタオルも欲しいかも」
濡れたままじゃ、服を着替えることができないことに気づいたのでタオルも欲しかった。
「あ、そうか」
「どーする?お前持ってないの?」
「ねーよ。……保健室にあるんじゃないか?」
三人寄れば文殊の知恵とはよくいったもので。
確かに保健室には、体を拭く用のタオルくらいはありそうだと思い、同意した。
「そうかも、すぐ近くだし自分で行くよ。どうせ、着替える場所が必要だったし」
「そっか、じゃあ悠の体操着は保健室に持ってくるぞ!」
そう言い残して僕にホースで水をかけた張本人が逃げるようにトイレを出ていった。
「ひくちっ」
全身を包む冷たさからくしゃみが出た。
風邪をひかないかだけが心配だ。
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保健室は一階トイレのすぐ近くに位置するため、こんなずぶ濡れの状態でもあまり目立たず移動できた。
保健室のスライド扉をノックしてみるが返事がない。
保健の先生の所在状況を示すプレートが掛けてあったので、それを見ると職員室のところにマグネットが貼ってあった。
ちなみにウサギのマグネットだった。
少し悩んだけれど、職員室まではもう少し歩かないといけないし、保健の先生にはあとで説明すればいいか、と結論を出して保健室の扉を開いた。
鍵はかかっていなかったので、とりあえず安心した。
保健室は健康診断の時くらいにしか入ったことがなかったので少し新鮮な気持ちだ。
消毒液などの薬品のせいだろうか、独特なにおいがしたが別段嫌いではなかった。
保健室には先生のデスクとチェア、あとは薬品が入った棚、身長体重計、さらにはカーテンで中が見えないように仕切られたベッドが二つほどあった。
開きっぱなしになっていた窓の外には中庭の景色がみえて、ここはここで居心地が良い場所なのかもしれないと感じた。
体が冷えてきたのを感じたので、早速タオルを探すことにした。
意外にも少し辺りを見渡すだけで簡単に見つけることができた。
薬品棚の横に、引き出しが透明なタイプの収納ボックスがあり、そこに詰められているタオルを発見した。
引き出しを開け、タオルを確認すると、十分な大きさだったので一枚だけ取り出して引き出しを閉める。
勝手に使うことに、少しだけ罪悪感があったが。
まずは、特に濡れている上半身を拭こうと上着とその下着をまとめて脱ぎ捨てた。
そこで、視界の端、ほぼ真横のベッドを仕切るカーテンが揺れた気がした。
僕の手が当たったのか、それとも風でも吹いたのだろうか、あまりホラー的なのは苦手なので少しぞくっとはしたが、今は昼間だし特に気にする(怖がる)ことなく体を拭き始めた。
上半身をだいぶ拭き終わったところで保健室の扉が外から開いた。
僕の体操着を取りにいっていた彼だった。
「悠の体操服これだよな、さっきはすまんかった……」
「いいよ、もう。ありがとね」
僕は彼から体操服を受け取った。
「じゃあ俺も着替えないといけないから先行くわ」
と言って、彼は少し急ぎ足で保健室を出ていった。
壁に掛けられた時計を見ると、もう掃除の時間も終わり5時間目開始の鐘が鳴りそうな時間だった。
急いで体操着に腕を通し、下半身はそれほど濡れてはなかったので少しタオルで拭ってからズボンを穿こうと、今着ているズボンに手をかけ脱いだ。
その時、ガタッっとベッドの方で音がした。
ような気がした、ことにした。
さっきもカーテンが揺れたことも相まって本当に怖くなったので早く出ていこうと体操着の下を穿き、逃げるように保健室を飛び出した。
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体育館に向かう途中で、タオルや濡れた服をそのままにして保健室を出たことに気づいた。
どうしようかと、一旦立ち止まって考える。
タオルはともかく濡れた僕の服が一緒にあるからこの後、保健室にはどうせ行かなくてはならない。
保健の先生が戻ってきてしまっていたら名札から僕が散らかした犯人だとバレてしまう。
そんなことをする人間だと思われたくないという気持ちがあった。
すでにここに来るまでに5時間目開始の鐘は鳴っていた。
どうせこのまま遅れていっても目立ってしまうのは必然だったので、体育の授業はお休みしようと決めた。後で怒られるのは仕方ないか。
僕のなんでも先延ばしにする悪癖がそうさせた。
保健の先生が戻る前に保健室へ戻ろうと、もと来た廊下を帰った。
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保健室に着き、扉を開けた。
内心焦っていたのかノックはしなかった。
自然にさっき僕が着替えていた場所に目が行った。
僕の散らかしたタオルや服の前に人がしゃがみこんでいた。
それは、体格からして保健の先生ではなかった。
真っ白で、美しい、女の子だった。
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