第3話


 なんともいえない微妙な視線を向けてくるキアンに苦笑する。


「ラークスにぃの早とちりな性格は、子どもの頃からだったんだ」

「あいつは、昔も今もあんまり変わらないな」

「にいちゃんはどうして、間違いを訂正しなかったの?」

「そうだなぁ。最初は訂正しようと思ってたんだけど、あいつの熱意がすごくてさ」

「あー、ラークスにぃ。思い立ったら、即行動の人だもんね」

「あいつに付き合っているうちに、俺もその気になったわけ」

「いつものことじゃん!」

「そうともいう」


 キアンと顔を見合わせて、笑う。


「だから、あいつと競い合いながら必死に勉強したし、体力もつけた。冒険者ギルドに登録して冒険者になって、依頼を受けて戦い方も学んだ。魔物も倒せるようになった。家事も一通りできるようになったし、森の中である程度生きていけるように教えてもらった。奉仕活動もサボらずやったしな……」

「知ってる。にいちゃん達がすごく努力してきたのを俺も知ってる」

「今のキアンと同じだな」

「そうかな」

「そうだ」


 そういって褒めると、キアンが嬉しそうに頷く。


「ラークスと一緒に、11才から勇者になることを目指して走ってきた。気が付いたら16才になっていて成人していた。きっかけがなかったら、多分、俺も学院にいっていたと思う」

「きっかけ?」

「68番目の勇者が、覚醒後すぐご病気で倒れられたって、噂が届いただろう」

「うん」


 数カ月前に、ガーディルからきた冒険者や商人達が、そんな噂をしていた。ただ、俺は酷いデマだとしか思えなかった。なぜなら歴代の勇者は、魔物との戦いで深手を負って療養することはあっても、病に侵されて療養することはなかったからだ。

 だが勇者が覚醒してから2カ月、言い換えればここで噂になり始めてから1カ月を過ぎても、勇者の話が全く流れてこなかったため、もしかしたらと思うようになっていった。


 勇者が覚醒したからといって、盛大な式を挙げて祝うというようなことはない。だから覚醒の噂を聞いてからから数日は、さほど気にしていなかった。

 だがしばらくても、勇者が魔物を討伐したという話が流れてこないので、俺の考えは揺れた。勇者が魔物を討伐すれば、その実績が常人では成しがたいものなので、必ず人々の口に上がる。しかし68番目の勇者には、それがなかった。


「勇者の病気が事実だと思われるようになってから、ラークスはガーディルにいこうと準備をしだした」

「覚醒前に患っていたものが、覚醒による疲労で一時的に悪化したんだろうと皆いってたよね」


 なんの根拠もなかったが、女神の力で覚醒した勇者が病に負けるなんてことは、あり得ないということだった。


「俺も、そう思ってた」

「ラークスにぃは、違ったの?」

「ああ、違った。勇者の病気はいずれ完治する。学院に入学したとしても、勇者にはなれないって、あいつを止めたんだ」



 俺は、そのときのことを鮮明覚えている。

 あいつは、学院に入学するためにガーディルにいこうとしたわけじゃなかったんだ。


『アーウィン。僕も68番目の勇者が快癒されると思っているよ』

『だったら、いく必要はないだろう』

『ガーディルからきた冒険者に聞いたんだ。ガーディルの魔物の討伐依頼が、かなり増えているって』

『それは、俺も聞いた』

『魔の国に近い方面は元々強い魔物が湧きやすいけど、エラーナ国やガーディル国の軍、そして勇者が、国境を越えて討伐してくれていたから、その被害は抑えられていたんだ。だけど、勇者がいないためその分の討伐数が減って、魔物の数が増えていっている』


 その数の増え方も、老人の話によれば、ここ数代の勇者の代替わりに比べて多いらしい。その理由は単純で、ここ数代の勇者不在の期間は7カ月から8カ月程度なのに対し、68番目の勇者の場合は1年を超えて、さらに覚醒後も魔物討伐に赴いていないからだ。


『そうだな』

『幸いなことにその間に大型は数えるほど、超大型は一度も出現していなかったから、大事にはなっていない。だけど、軍隊での征討に向いていない大型や、討伐のしきれない中型など、冒険者ギルドに討伐の役目が回っている数は、当然増えている』


 魔物の討伐は、その量と質によってどこが担当するかという暗黙の取り決めのようなものがある。

 量と質を掛け算して脅威度と呼んでいるものを計算し、脅威度が低いと冒険者ギルド、中程度だとそこに領主が加わり、高いと領主が国に変わり、極めて高いだと冒険者ギルドがはずれ、国に加えてエラーナ国軍と勇者の率いるガーディル軍が加わることになる。


 量は、魔物の匹数だということはいうまでもない。

 質というのは魔物の大きさの分類とその特徴によって決めているらしい。というのも、冒険者ギルドや各国で独自の判断基準があり、それは公にはされていない。

 俺達のような民衆はそのようなものがあると聞いているだけで、もしかしたら本当はないかもしれない。

 つまり、わかっていることは、魔物の大きさの分類によってのみで、誰が討伐を行うのかが決まるわけではないということだ。

 例えば超大型の魔物が1匹出現したとして、それが平原ならばエラーナと勇者が討伐する。しかし、これが軍の赴くことが難しいとても高い山の頂となれば、冒険者ギルドに役目が回る。海中ともなれば討伐はされずに放置される。


『ガーディルでは、魔物との戦いで怪我人も増えているらしい』

『……』

『怪我人が増えれば、冒険者ギルドから依頼を受ける冒険者が減る。そうなれば、討伐されない魔物が増え、町や村が襲われてしまうかもしれない。その憂いで、ガーディルの人々の間からは、笑みが消えつつあるらしい』


 68番目の勇者が病で倒れてから、ガーディルから離れたここでも、少しずつ暗い影が忍び寄ってくるような不安が広がっているのを、感じていた。

 そこまで語ったところで、ラークスは口を閉じた。


『ガーディルの現状はわかった。で? お前がガーディルにいこうとしている理由はなんだ』


 実のところ、ここまで話を聞けば、次にいいたいことはわかっていた。こいつは困っている人がいたら、仲がよくても悪くても手を差し伸べる、お人好しだ。損得なしで、誰かを助けることができる人間だ。

 生まれたときからほぼ一緒に過ごしてきた俺には、わかる。勇者レクトのように弱き人を助けようとする親友……、それが俺の知るラークスなのだから。


『僕は、ガーディルにいって魔物を倒したい。ガーディルの冒険者を助けたい』


 真剣な表情でこちらを見ながら、俺が予想していたとおりの言葉を告げた。その眼差しに、その言葉に、ふと、俺はこういう人間こそが女神に選ばれるに違いないと思った。

 純粋に誰かを助けるために動ける人間が、勇者に選ばれるのだろうと思ったんだ。誰かを助けにいこうとしている人間をとめようとしている俺みたいな奴は、決して勇者にはなれないと。


『だから、アーウィン。一緒にガーディルにいこう』

『俺達がガーディルにいったら、この町はどうするんだ』

『え?』

『確かに、ガーディルの冒険者ギルドは大変なのだろう。だが、ラークス。お前さ、その話の続きもちゃんと聞いたか?』

『その続き?』


 首をかしげるラークスに、軽くため息をつく。思い立ったら一直線。行動力があるといえば聞こえはいいが、こいつの場合一度立ち止まって、周りを見るべきだと思う。


『そう。ガーディルには依頼があふれかえっているから、他の国から冒険者が集まりつつあるって話してただろう? この町からも複数の冒険者達が、ガーディルに出張っている』

『……でも』

『だから、この町の冒険者は減った。この先も減るかもしれない。うま味のある依頼を求めて、移動する冒険者も多いからな。この辺りを拠点としていた傭兵も、ガーディルにいっている。そんな中で、俺達までガーディルにいったら、この町を誰が魔物から守るんだ』


 正直、俺達がガーディルにいっても、問題ないだろうとは思う。勇者レクトに憧れて育った者が多いため、農民や商人でも実戦経験を積んでいる者は、それなりにいる。年寄り達も、まだまだ戦えるだろう。

 だけど、絶対はない。魔物が急激に増えでもしたら、対応できなくなるかもしれない。

 逆に、王都ガーディルには3万もの兵士が常駐していて、いざとなれば国中からも兵士を集めることができる。その数は30万から50万だ。そんな軍事大国のガーディルが、この町より先に魔物に滅ぼされることなどないだろう。


『冒険者が少なくなった今、俺はこの町から離れたくない』

『……』

『もしものときに、俺が守りたいのは、ここに住む家族と町の人達だから』

『うん。僕もそう思う。ありがとう、アーウィン』

『なんで礼をいうんだよ。俺は、お前の申し出を断わったんだぞ』

『僕の早とちりだったんだなって、わかったからさ』

『……』

『今僕が守らなければならないのは、人が集まりつつあるガーディルじゃなくて、ここなんだって。教えてくれてありがとう。アーウィン』』


 屈託なく笑うラークスを見て、また先ほどの想いがぶり返してきた。俺は勇者の器じゃないと。




「にいちゃん……。悲しかった?」


 話し終えた俺に、キアンは心配そうに見つめる。


「うーん。数日間はモヤモヤしてたんだけどな」

「数日間だけ? 俺ならもっと引きずってると思うけど」

「もともとさ、俺は勇者を目指そうとは思っていなかったことを思い出したんだ」

「それもいつものことだね、にぃちゃん……。にいちゃんは、ラークスにぃにすぐ影響されるから」

「はは……。そんな生活も楽しかったんだけどな」

「ねぇ、にいちゃん。どうして、ガーディルにいかなかったの? 勇者養成学院に入らなくても、ラークスにぃと一緒に、ガーディルにはいけたでしょう?」

「……」

「にぃちゃんは、ガーディルにいっちゃうんだろうなって、思ってた。やっぱり俺のせい?」

「違うといっただろ。俺もそうしようとは思っていたんだ。でも、途中で気が変わった」


 最初は、俺もガーディルにいこうと思っていた。もしラークスが勇者になれたら、魔導師ジョアンが勇者レクトを支えたように、俺もあいつを支えようと思っていた。だけど、ある手記を読んだことで、俺はラークスを支える方向性を変えたんだ……。


「子どもの頃は、何をするにも一緒だったが、数年前からはそうでもなくなっただろ」

「うん。それでも一番仲がよかったと思うけど」

「そりゃ、家族同様に育ってきた幼馴染みであり、親友だからな」

「そうだね」

「だけどさ、あいつの横に並んで戦える人間は俺だけじゃない。あいつを慕う奴も多いし、勇者を目指していたのは、俺達だけじゃない」

「……」

「今日、ラークスと一緒に旅立った奴らも、俺達と同様に努力してきた奴らだ。ラークスとも仲がいいし、お互い支え合うことができるだろう」

「それでもラークスにぃは、にいちゃんとガーディルにいきたかったかったはずだよ」

「知ってる」


 キアンの言葉に、『君も、勇者を目指すのだと思っていた』というラークスの声が頭の中に響いた気がした。


「なぁ、キアン。お前、勇者レクトのことが書かれている本を全部読んだか?」

「領主様の図書館で、管理されている本?」

「それそれ」

「全部は、読んでない。年寄り達にいわれたものは、読んでる」

「やるな」

「にぃちゃんは、全部読んだの?」

「読んだ。年寄りが薦めている写本以外にも、昔の写本の方も全部目を通したぞ」


 キアンが「えー」というような表情を浮かべながら、口を開いた。


「勇者レクトの伝承を伝えていくために、何十年かごとに写本するって年寄り達が話してた。写本ということは、同じ内容でしょ? 読む必要性を感じないけど。結構なその時間、体を鍛えたほうがよくない?」

「ラークスと同じこというなぁ」

「誰でも、そういうと思うよ」

「そうか。でもな、その認識は、間違っている。写本を作っている者によって注釈が加えられてたり、誤字が直されてたり、間違いだと思われて本文が修正されたりなんかもあって、写本の代数によって、内容が違うこともあるんだぞ」

「え? そうなの? でも、その本とにぃちゃんがガーディルにいかなかったこととなんの関係があるの?」


 不思議そうに俺を見るキアンに、俺は3番目の勇者レクトの伝承を読んで感じたことを話していくことにした。

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勇者とは…… 緑青・薄浅黄 @rokusyou-usuasagi

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