第20話

熱すぎる。雰囲気に呑まれそうになりながら、その熱さに不安を覚えた。



「……、……恋、」


「……佐紀、?」



のしかかる佐紀の体は、その体重を徐々に支えられなくなって、心地よい重さから苦しさが勝っていく。



「佐紀っ、大丈夫?」


「……ごめ、ん…、」



熱を抱えた身体には、サキュバスの熱も想いが通じあった高鳴りも、負担が大きすぎたみたいで。謝罪の言葉を口にして、佐紀の体重は完全に私に乗った。息苦しさに力を入れても独気配はなくて、完全に意識が途絶えたんだと分かった。

高ぶった気持ちと体をどうしていいか分からない。互いの気持ちの正体は打ち明け合えた。恋人のようなキスと、まどろっこしさのない求め合いは気持ちよかった。あの夜を払拭する様に、求め合って形にしたかったとも思う。期待や欲がなかったなんて、嘘でも言えない。

そんな気持ちは、この先どうしたいかをまっすぐに示している。



「………、佐紀が、好き…」



正直な思いは口にすれば、馬鹿みたいに心に落ちた。

佐紀の下から抜けて、その体をベッドに寝かせて整える。そっと頭を撫でた。佐紀の表情は、頬が紅潮してはいるけれど到底熱を抱えた顔には見えないくらい穏やかで。きっと、自分も。あの時とは真逆の顔をしているんだろうと思った。

佐紀が手を伸ばしてくれても、受け入れるべきじゃないと思った。私はサキュバスとして、淫魔として、いろんな人に触れて、そういう行為をしてきたし、そのために佐紀を傷つけてしまった。

でも、佐紀がそんなことはどうでもいいと向き合ってくれたことに、私は逃げてはいけない。



◇◇◇◇◇



「人の顔みてそんなガッカリした顔しないでよ、失礼だな」


「…………、」



気づけば、身体はベッドに戻されていて。一瞬の間にすべてを思い出し慌てて体を起こす。恋の姿はなくて、居たのはスマホをいじる奏ひとりだった。

―あれは。あの熱も何もかもは、夢だったのか。確かに、あまりにも都合のいい展開だった。途中で意識が途絶えるまでは。



「…はぁ。恋なら彩夏のとこに行ってるよ」


「………やっぱり」


「あのさぁ、そのめんどくさい考え方が今回ここまで拗れた原因なの分かってる?」


「え?」



流れるように奏に渡された体温計は、奏の問いに答える前に電子音を放った。



「何度?」


「……36.8℃」


「身体は正直者だね。佐紀の頭の中もそのくらいになればいいのに」


「………、夢、じゃないの?」


「え?佐紀ってそんなにバカだったっけ?」


「……………。」



そんなことを言われても、熱に浮かされていたせいか、なんだか現実味がない。そもそも、今までの経緯を考えれば恋のあの答えは、本当に、あまりにも都合のいい展開としか思えなかった。



………。


……………………。



記憶に残るやり取りを思い出すと同時に、言いようのない感覚に襲われて勢いよく布団を被った。



「は!?佐紀?」



思い出せる限りのことを思い出す。途中で思い出したくなくなったけれど、脳は止まらなくて一語一句蘇ってきた。

普段言わないような強気な言葉と態度。

……しかも、あんな、深い、キスまで………。




「お邪魔しますー」


「あ、恋。おかえり」


「入っても平気?」


「いいよ。彩夏なんだって?」


「んー。とりあえず、良かったって。また迷う前にちゃんと話しなよって」



タイミングが悪すぎる。熱も下がって、目も覚めたのに、布団に潜ったタイミングで恋が戻って来たみたい。あのキスも、あの態度も、恋はどう思っているんだろう。



「佐紀は?まだ起きない?」


「…んー…うん。寝てる。悪いけど一緒にいてやってよ。私出かけてくるから」


「え?出かけるの?」


「うん。恋が戻ってくるまでの付き添いだからさ。私もちょっと用事あるんだ。いてもらっていい?」


「…うん。ありがとう」



そんな会話に、奏に残ってほしい気もしたし、いなくなることに安心している気もした。なんて勝手な。そう思っている間に、ドアの閉まる音がして、物音が減る。けれど、人の気配は残っていて恋が近くにいるとわかった。



「佐紀、」


「………」



気づかれてる、のかな。奏、明らかにわざと出て行ったし。



「………ごめんね」


「――、」



独り言のように続く言葉に、思わず息を潜める。



「彩夏にも、自分で逃げるならちゃんと佐紀と別れなきゃダメだって」



でも、と言葉が続いてなんだか聞いちゃいけないことを聞いてる気さえした。



「怖くて、逃げてた。佐紀と向き合うことも、自分に向き合うことも。そのせいでいっぱい、いっぱい傷つけた」



ぎゅうって心臓が掴まれるように苦しくなる。

そんなことない。恋だけが、これまでのことに謝る必要なんてない。



「今も、悩んでる。このまま一緒にいることを選んだら、もう離れられないと思うから」



続く恋の独白に、心臓が嫌な感覚で拍動した。言葉に潜むのは、別れの兆しだったから。あれだけの思いをぶつけてなお、恋と一緒にいることは叶わないのだろうか。



「だってさ、今までのこと考えたら……えっちなことも色んな人としてきた。淫魔だからって佐紀を傷つけた。でもその自分を利用して佐紀を惑わせた。私の想いは、佐紀が思うよりもっといろんなものが混じってる」



…恋は、自分の想いが汚いって思っているんだろうか。互いの想いが同じ名前でも、色が違うからそれを重ねることができないって。私は、その中心が同じで傷つけあわないなら、いくらでも方法はあると思う。けど、それは私の独りよがりなのかもしれない。



「でも、」



恋の独白が終わる。そんなことが伝わってきて、一気に緊張した。



「佐紀がくれた言葉とか、想いとか。ちゃんと向き合うから、待ってて。まだ迷ってるけど、佐紀のこと……」



先に続く言葉に期待して、握る手も肩にも力が入る。



「…好き、だから」



ドクンッ、と心臓が一際大きく跳ねて、運動をした訳でもないのに息が切れる。

下がった熱が、また上がる気がした。



「佐紀、」


「…………」


「狸寝入り、バレてるよ?」


「!!」



ば、バレてた。さっきとは違う意味で血の気が引く。気まずすぎる空気に、布団から出れず言葉だけのやり取りをする。



「い、いつから……?」


「奏、わかり易すぎるから」


「……ごめん」



恋の声が柔らかくて、笑ってくれている気がした。観念して布団から出る。恋はベッド横に座っていたから、少し斜めの位置に体を起こした。似たような光景をさっきも見たと思い出せる。



「……恋、」


「ん?」


「……夢、だと思った。目が覚めたとき」


「………嫌だった?」


「違くて。あまりにも都合のいい展開すぎて、夢見てたかと思った」


「……」



私の感想に、恋は少しだけ切なそうに微笑んだ。足を崩すように姿勢を動かして、恋は呟くように話しかけてくる。



「さっき、私が言ったこと、どう思う?」



その言葉がどういう意味なのか分からなかったけれど、私は結局そうやって探って物事をややこしくしてしまう。どうせ、正解や良い結果にたどり着けるほど器用な人間ではないんだ。



「…今までのことに、嫉妬もする。もしかしたら、そのことでこれから喧嘩もするかもしれない」


「…うん」


「でも、だから恋を好きじゃなくなることもないし、汚いとか思わない。ただ思うのは、私が恋に想うことを、他の誰とも一緒にしないでほしい。私は、」



相手に思いを伝える、そのたった二文字の言葉を口にするのには、まだ緊張するし、覚悟がいる。もっと、スマートに言えたらかっこつくのにと悲しくなる。けど、今の自分はこれが

全力。



「恋のこと、……すき、だから。それだけは、信じてほしいんだ」


「………」


「恋も、自分のこと…責めないであげて。恋はなにも悪いことなんてしていないんだから」


「………うん、」


「…」


「私、淫魔だし、佐紀を嫌な気持ちにさせるよ」


「…いいよ」


「たくさんの人に触れたし、この気持ちだって性に塗れてる」


「うん」


「それでも…いいの?私はダメだって思ってるよ?」


「それでも、いいよ。好きだって思ってくれて、私の想いを…信じてくれるなら」



私の言葉は、君に届いているんだろうか。こんなしどろもどろで、恋が欲しい言葉が贈れているのか分からない。自己満足の内容でしかない。でも君は、嬉しそうに笑ってくれた。



「あ、あの!さ」


「ん?」



ただ、それでもなんとなく、心に引っかかっていることがあって。恥ずかしいけれど、でも、そういうの、ちゃんとしたい。



「………ごめん、キスしちゃって、その…あんな…」


「……確かに、現実では初めてだったね」


「………え?」


「覚えてない?私、佐紀とたくさんキスしてるよ」


「えっ、待って!なんの話……」



覚えてない?現実では?

……どういう、こと?



「夢の中で、たくさんしたでしょ。佐紀激しいから、苦しくなるくらいなんだよ?」


「っ!!ちょ……は?待って!どういうこと……!?」



脳裏に、水を浴びた記憶が蘇ってくる。まさか、まさか………!!



「淫魔の食事は、夢の中なんだよ。もちろん現実の方が、いいけどね」


「っ、え……!?」


「佐紀、ほんとに知らなかったの?」



もしかして、あの、夢も?あの、コトも?ぜんぶ、全部。私だけの夢じゃなくて?? 恋にキスして、その肌に…待って、そんなの1度や2度じゃなかった。



「でもさ、」



パニックな脳内に、恋の声が届く。



「私たちのホントは、これからだから」



腕に絡みついてくる。ぐっと胸が寄せられて、顔も近くて、上目遣い。



「やめて、誘わないで」


「私のこと、淫魔なんて関係なく好きって言ったよね。私の好きじゃダメ?」


「違うの、そうじゃなくて、……っ、ああ!だから!待ってって!!」



恋の振り切り具合がすごい。向き合うんじゃなかったっけ。恋の向き合うってこういうことなんだろうか。ぶわっと、何かが体の奥底を襲ってくる。でも恋が悪戯にやってることくらい顔見れば分かる。佐紀のへたれーって声が届くけれど、無視。

だって、だって。夢の中で、なにをしてたか、ちゃんと整理させて欲しい。

顔が熱い。テンパっている私を、恋は笑っていじってくる。


懐かしい、今まで近くで見てきたあの、笑顔だった。



「佐紀、好きだよ」


「……恋、さっきと違いすぎない、?」



でも、その笑顔がこんな近くで見れるなら。私は、心満たされる。それが性に塗れていたとしても、互いの気持ちが汚れることなんてない。



――夢で触れた君を、忘れたことなんてない。

夢で触れた貴女を、忘れることなんてできない。

君じゃない誰かが、

貴女じゃない誰かが、


触れても、つめたくて、ひえて、冷めていく。


君が、

貴女が、


触れただけで、熱は燃えるように、灼けるように――昇りつめる。


それを、


君だけ、

貴女だけに、


知って欲しい。



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あなたとの夢が、一番美味しい。 @kuon5711

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