あなたとの夢が、一番美味しい。
@kuon5711
第1話
視界は良好。目覚めは爽快。現実は、いつもと変りなく。大学入学に合わせて借りたアパートには洒落た高い位置の小窓があり、そこから朝を知らせる陽が入っている。
「………さいてい、」
その言葉は、誰でもない起き抜けの自分自身に降りかかる。言いようのない罪悪感に襲われながら、布団から抜け出す。洗面所に着いて、顔を洗う。気を許せば、最低な光景が頭の中で再生されて。頭から水を浴びたくなった。
いっそ浴びてしまいたい。けれど、そんなことをしている時間はない。大学は一限目からとっている。何度後悔したか分からない朝一の単位は余裕はあるけれど油断はできなかった。少しでも平然を保ちたい自分を優先し、普段から一脱する水のシャワーは却下した。
「なにしてんの、洗面所使いたいんだけど」
「あ、ごめん」
一人暮らしならもしかしたら採用したその行動は、あまりに異様だ。今の自分は、ルームメイトがいるのだ。気の置けない相手ではあるんだけど。
「……どしたの、佐紀」
「……別に」
「ふうん。部屋のドア開けっ放しだったよ」
「!」
「寝癖ついてる」
「………、」
続く指摘に言葉が出ない…。鏡越しの視線が痛い。歯ブラシを咥えたまま、ルームメイトの七川奏は私を観察している。じーーーっと。
「朝ごはん、作んなくていいからね」
「……ごめん」
ルームシェアしているから、普段の私が部屋を見られたくなくてドアは必ず閉めていることも、顔を洗えばすぐ寝ぐせを直すことも知っている。その普段の違いと挙動不審さに、朝食当番は外されてしまった。
怪訝な顔のままの奏を背に、私は準備を進め、大学へ向かうために家を出る。奏と一緒に行くのはいつも通り。歩いて行ける距離の大学は、ありがたい。
「佐紀」
「ん?」
「はい。忘れ物」
ある程度まで歩いてから、奏に『忘れ物』を手渡される。今まで一緒に歩いてたのに?なんで今?
「全然気づかないんだもん。ヤバいね。さっちゃん」
呆れたように笑う奏。意味が分からないまま手元を見ると、財布とスマホが握られていて、さすがに言葉が出なかった。
「………帰ろう、かな、」
実際、今日、大学に行かなければならない理由はないのだ。単位も余裕があるし、聞きたい講義がある訳じゃない。ただ、一限目があって、大学キャンパスが待っているから行くだけ。それが大学生の本文だろなんてことは知らない。
強いて言うなら、片思いの相手がいるくらいだ。けれど、その相手が私をさいてーに落としているから、どうしようもないのだ。
◇◇◇◇◇
結局、優柔不断な私は大学へ着いてしまった。
「あ、レンだ」
「!」
「あ、おはよー」
奏の言葉に顔をあげれば、笑顔を咲かせた悠城恋がこっちに向かって挨拶してきていた。そしてどんどん近づいてくる。胸の高鳴りを意識しないようにして、私も挨拶を返す。
「おはよ、恋」
「おはよー、佐紀」
ああ、近い。いや普段の距離なんだけど。春が近づいてきて、どんどん可愛らしく薄着になっていく。そんなの誰もそうなのに、恋だけは特別で。片思いのせいだという自覚はある。
けど、覗く肌に、心臓がギュッと苦しくなる。
――『佐紀、』
夢を、見たんだ。
恋と、そういう………ことを、スる……、
ふと、腕に温もりを感じて意識が現実に引き戻される。
「佐紀?どうしたの?」
腕のぬくもりの正体は、私の腕を組むように抱く恋の体温だった。
一瞬にして現実に夢が重なって頭に血が上る。
「佐紀、今日はなんか朝から可笑しくて。スマホも財布も忘れてるの気づかないし、……!」
「!!」
言葉も耳に入らないまま、恋を振り払う。それに、奏も恋も驚いていた。自分でも、驚く。なんてひどい。恋がこういう行動をするのは、いつもなのに。
「…あ、ごめ、……」
「え、佐紀?……佐紀!」
遠くなる佐紀の声に、自分は逃げ出したのだと知る。
顔が熱い。動悸が激しい。
頭の中は、夢で見た恋で埋まっていて。振り払うように大学の中を走り抜けた。
鼻血が出ていることに気づいて、思春期かよと自分に突っ込むのはだいぶ後のことだった。
『佐紀、……っ、もうむり…ぁ』
『っ、恋、気持ちいい?…』
『うん、……ん、ぅ』
『っ――はぁ、れん』
『あ!ん』
―――さきっ、
「うわあああああぁあ!」
結局、大学から走って帰り、ふろ場に駆け込んで頭からシャワーを浴びていた。叫んだ声が浴室に響いて、酸欠で頭がクラクラする。
脳内で繰り返される恋は、
妖艶で、綺麗で
可愛くて、
もう。
このまま。
恋に、会えない、かも。
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