第5章: 歌声の力

アリアは、嵐を越えて帰る途中、心の中で迷いが生じていた。歌声を失ってからというもの、彼女は何度もその孤独感に引きずり込まれ、果たして自分の存在が意味を持つのかと疑問に思っていた。歌声が届かないと感じ、あれほど大切にしていた歌が自分の中で空虚なものになっていく。そのため、海の静けさがむしろ恐怖を呼び起こす。深い海の底で何度も尾ひれを広げ、体を震わせる。しかし、どんなに試しても、何も返ってくることはなかった。


その時、ふと彼女の体から生まれる微かな振動が、静かな海の中に広がるのを感じた。彼女はじっとその波紋を感じながら、自分がそれを伝えたいと思うものに全てを込めた。最初はただの振動だった。しかし、尾ひれをさらに大きく動かしてみると、体全体がその振動に包まれ、次第に水中の波紋が広がり始めた。


その瞬間、アリアはある気配に気づいた。遠くの方で、クジラたちの影が動き出しているのを見つける。最初は少し躊躇していた。どうしても、これが意味を持つのか不安だった。しかし、アリアは深呼吸をし、もう一度尾ひれを使って波紋を広げた。


やがて、ひとりのクジラが彼女の動きに合わせて尾ひれを揺らし始めた。その動きに、アリアは心を打たれる。彼女はそのクジラに向かって尾ひれを優しく振り、少しずつ、他のクジラたちも彼女の振動に反応し始めた。最初は不安そうだったクジラたちが、次第にアリアと同じように水中で身体を揺らし、その振動に合わせて動き始める。


アリアは、その一つ一つの動きがまるで自分の心に反応しているかのように感じた。そして、ついに彼女はその瞬間を迎えた。水面が光り、全身を包み込むように、他のクジラたちの体からも微かな振動が広がった。それが、まるで共鳴しているような心地よい感覚で、アリアは初めて「自分は一人ではない」という確信を持つことができた。


その瞬間、彼女の体の中に温かさが広がり、これまで感じていた孤独感がすっと溶けていった。今、アリアはその歌声を信じることができる。音声でもなく、波でもない、彼女自身の体全体を使った言葉が確かに届いたことを実感した。


「私はひとりじゃない。」


その思いが彼女の心を満たす。アリアの歌声は、もはやただの音ではなかった。それは振動となり、海の中で深く共鳴し、つながりを生み出す力となっていた。

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