第4章: 嵐と試練

広がる海の中で、アリアは再び孤独を感じていた。魚たちとのつながりが、ほんのわずかな希望となって彼女を支えていたが、それでも彼女の心は満たされることはなかった。群れと共鳴することができず、ただひとり、海の底で歌い続けることが、アリアの深い孤独感を浮き彫りにしていた。


その日、海面が急激に荒れ始めた。アリアは最初、その兆候に気づかず、深海の静けさに浸っていたが、やがて風が強く吹き、波が大きくうねり始めた。大きな音が耳に届き、海の流れが急に変わった瞬間、アリアはそれが嵐の前触れであることを直感的に感じ取った。


「どうして、今こんな時に…?」


アリアはその思いが胸に広がるのを感じた。突如として暴風雨が吹き荒れ、海が一気に狂ったように揺れ動く。波は恐ろしい高さになり、アリアの周りの景色が瞬時に暗くなった。水しぶきが顔を打ち、視界を遮り、彼女の体はまるでどこにいるのかもわからないような感覚に包まれた。


「誰か…助けて…」


アリアの歌声が海に消えていく。どれだけ歌っても、海の深さがその声を飲み込んでしまう。反響もなく、ただひとり、彼女の歌声だけが闇の中で消えていく。無力感に胸が締め付けられ、心が凍りつくような感覚に陥った。


波がアリアを飲み込む。彼女は必死に泳ぎ続けるが、すぐに力が尽き、次第に動きが鈍くなっていった。視界が閉ざされ、呼吸が浅くなり、心の中で次第に絶望が膨らんでいく。


「どうして、私はこんなにもひとりなんだろう…」


その思いが、アリアの胸に突き刺さる。彼女は何度も空を見上げようとするが、天を覆う厚い雲がそれを許さない。音も、光も、すべてが失われ、ただ波と風だけが支配する世界の中で、アリアはひとり、闇の中に取り残されたような気がした。


その時、ふと微かな音が聞こえてきた。最初は風の音かと思ったが、何かが違う。よく耳を澄ますと、ほんのわずかながらも、音が波に乗って聞こえてくる。それは、まるで誰かが彼女の歌声に反応してくれているかのような振動を感じさせる音だった。


アリアはその音に引き寄せられるように泳ぎ続けた。目の前には、魚たちが集まっているのが見えた。彼らはアリアの歌声に反応して、静かに共鳴し合っている。まるでその音が、彼らの心の中に響いているように、ひとつになって動き回っていた。


アリアはその瞬間、胸が熱くなるのを感じた。波がいくら高くても、嵐がいくら激しくても、彼女の歌声が無駄ではなかったことを、ようやく実感できたのだ。


「私はひとりじゃない…」


その言葉が、アリアの心を強く打った。彼女の歌は確かに届いている。魚たちが共鳴しているその瞬間、アリアは一人ではなく、海の命とつながっていることを感じた。


嵐の中で、アリアはもう恐れることはなかった。彼女の歌声が響き渡り、そして共鳴し、確かな形となって海の中に広がる。絶望の中で見つけた、初めての希望の光だった。

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