穢れの雲は晴れを知らず

月井 忠

一話完結

 いよいよこの日が来たな。

 俺は手元に置かれた笛を取る。


 毎年毎年、特定の日が訪れると天井が開く。

 それは地獄の門だ。


 開かれた先の明るい世界には「穢れ」という名の黒い雲が漂っている。

 雲は我らを値踏みするかのようにゆっくり降りてくると、一人を犠牲者として選ぶ。


 今年は誰だろう。

 俺は周囲を見回した。


 太刀を抜き、刀身を見ては収めるを繰り返す男。

 彼は一度その刀を首筋に当て自害を果たそうとしたが、隣の女に泣きつかれやめた過去がある。


 あの時の行動が正しかったのか、今でも悔いている風が彼にはあった。


 男を助けた格好となった女。

 彼女も扇を開いては閉じるを繰り返している。


 彼女が男の自害を止めたのは自分のためだ。

 彼がいなくなれば、穢れを受ける人数が減る。


 一人で楽になることは許さない。

 そんな声を聞いた気がする。


 俺の一つ上にいる三人の女。

 似た格好で似た髪型の女たち。


 それぞれがそれぞれを嫌い、互いに悪意を向ける。

 その様相は混乱を極める。


 一人を貶めるために、二人が組む。

 しかし、次の日には早くも同盟が崩れ、いじめられていた女が主導して一人を抱き込み、最後の一人を袋叩きにする。


 三人というのは絶妙だった。

 いつ終わることもない争いを続ける。


 いや、正確にはこの日に穢れを受ける一人を決めるまでのマウントの取り合いだ。


 俺は同僚の四人を見る。

 俺達は三人の女たちのように醜くはない。


 ただ、呆然としているだけだ。

 太鼓に座る者、扇を枕にして寝る者。


 彼らの目は死んで久しい。

 蘇る気配は感じない。


 俺達の下にいる二人。

 老人と若者は未だ死んでいない。


 だが、生きてもいない。


「ヒヒヒ、103万の壁は超えさせないぞよ」

「ケッケッケ、106万の壁からぶっ壊してやんよ!」


 なんのことかわからぬ、無意味な遊びを繰り返している。

 真面目なやつほど狂うのも早い。


 更に下の三人。

 一番まともなのは彼らだろう。


 傘やら台やらを綺麗に磨いている。

 結局のところ、仕事は救いでもある。


 要求されれば、こなすだけでいい。

 忙殺されれば、それ以上は考えなくていいのだ。


 それは救いと言える。


 ガサッ。

 天井が開く。


 やめてくれ、もう俺達を開放してくれ。

 俺は心の中で叫ぶ。


 しかし、この叫びは誰にも届かない。

 無情にも開いた先には、いつものように黒い雲が漂っていた。




「さあーて、今年も飾るとしますか!」


 私は年に一回のこのイベントを楽しみにしている。

 お殿様の顔が推しに似ていて買ったひなまつりセット。


 世間ではいい歳をした腐女子がひなまつりをするのは認めてくれないだろう。

 しかし、だからこそ想像が捗るということもある。


 全員を並べ終えて見渡す。

 今年は誰がいいだろう。


 まずはお殿様に目が行く。


 やっぱり君が主役だね。

 そして、次に見たのは五人囃子の中で笛を持った彼。


 いいね。


 五人囃子の彼がお殿様に近づく。

 お殿様は嫌だ嫌だと言いながらも身を任せていく。


 ああ、なんて素晴らしい世界だろう。


 私の心は腐っていくが、そのたびに清らかな心で満たされる。


「浄化されるわ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

穢れの雲は晴れを知らず 月井 忠 @TKTDS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説