怪奇! 人間ひな人形

馬村 ありん

怪奇! 人間ひな人形

 到着です。ずいぶん窮屈な思いをさせてしまいました。アイマスクとヘッドホンをとっていただいて構いません。リムジンから降りてください。これからご案内します。

 ここが何処ですかって?

 具体的な場所名は、伏せさせていただきます――そのために視覚と聴覚をシャットダウンさせていただいていたのですから。

 鋭いあなたなら、高速道路を走る車や潮騒の音から何かを感じ取ってしまうかも知れません。

 ですが、余計な詮索だけはどうかご容赦いただきたい。


 ただひとつ、うちの組でやっている秘密の倉庫ということは打ち明けておきましょう。

 ヤバいもの――例えば銃とか薬とか死体とかですが――そんなものを置いておきたい人がこの世の中にはいるんですよ。そうしたものを秘密裏に預かっているのがこの倉庫になります。

 おっと。お足元にお気をつけください。いくらやんごとなきお金持ちのための設備とはいえ、床や壁にまで気遣いが行き届いているとは言い難いですからね。


 ええ。確かにはあります。

 事前にお話しました通り、これは本物です。材料には最高級のものを使用しているんです。

 これから、そちらのひな壇が置かれている場所までご案内しましょう。


 ……どれだけ歩かされるのかですって? なにせ広い施設ですからね。お部屋ひとつひとつが広い造りになっていますから、目的の場所まではかなり歩かなくてはいけません。部屋ひとつあたり学校の体育館ぐらいの大きさなのです。

 ずいぶん大きい?

 そうですね。自動車数台のほか、小型機まで収納される方もおられます。


 大きいといえば、あなたがこれから目にするひな壇も相当な高さですよ。ひな壇といえば、せいぜい高いもので二メートルいくかいかないか。一方、こちらは、そうですね、建物の二階部分にまで相当するだけの高さがあります。

 そうです。そのとおりです。

『人形』の大きさが大きさですからね。ひな壇も相当な大きさになるというわけです。


 そろそろ、目当ての部屋に近づいて参りました。

 心構えはできておりますか?

 これまで出会ったことのない『美術品』をあなたは目にすることになりますよ。


 何ですって? 聞きたいことがある?

 ふむ。今回私がリスクを犯してでも取材に応じた理由ですか。

 逆に質問させていただきたいのですが、あなたち報道記者はなぜ危険を顧みずあらゆる現場に姿をあらわすのでしょうか?

 報道の使命?

 真実を世に知らせること?

 なるほど。

 私もそうですね、使命感と言ったところです。

 さしずめ私もこの事実を誰かに教えたいという思いがあるのです。


 例えば銃や麻薬などは、言ってみれば、珍しい話ではありません。それは世界中にありふれています。危険な人間が危険な世界に手を出して危険な目に遭っている。そんなのは大した事じゃないでしょう。


 ですが、自分が無垢だと信じている人間が行なっている残酷な遊戯となると、それは強く興味をそそられるのではありませんか?

 このひな人形の制作者たちや鑑賞者たちは、自分たちを善良な人間だと信じている。


 彼ら億万長者は、あふれんばかりの富に任せて、あらゆる妄想を現実のものにしている。金があればそういうことはどこまでも実現可能です。彼らは人間讃歌としてこんな事をしている。このひな壇はそうした狂気の産物なのです。

 そうした億万長者たちのおこぼれに預かる身分の私ですが、この事実にどうしても納得がいかなかった。いわば内部告発のようなものだと思ってください。

 何の仁義も持ち合わせてねえ、連中が気に食わねえ。自分じゃ手を汚さず、ヤクザになんでもやらせやがって……!

 失礼、少々気色けしきばみました。


 さて、我々は今くだんの部屋の前に立っています。準備はよろしいですか?

 繰り返しの確認になりますが、録音機器やスマートフォンの類はお持ちではありませんね?

 もし何らかの物的証拠が流れた場合は、あなたに報復しなくてはならなくなります。地獄まで追わねばなりません。その覚悟はおありでしょうか? はい。それでは中に入るとしましょう。


 室内は真っ暗ですが、慌てないでください。照明が点るまで時間がかかるのです。動かないでくださいね。明日のパーティー――なんせひな祭りですから各国から要人が集まるのですよ――の用意をしてあります。会場中にならんだテーブルや椅子に傷ひとつつけることはまかりなりませんよ。


 ああ、照明が全てついたようですね。さてさて、たいそう驚かれたでしょう。五段に連なった朱色のあざやかなひな壇。ライトアップされ照らし出された人形ひとつひとつのその姿。等身大の人形たちが壇にならぶ圧巻の光景。

 ふふふ、言葉もないようですね。震えておいでですよ。美しさのせいでしょうか。それとも? 

 速記が止まりませんね。あなたもどうやら強い感銘を受けたようだ。


 人形が等身大である理由は、今さら申し上げる必要もないでしょうね。

 人形のオリジナルとなった材料は、いずれも本物の人間。若く美しい男女。勇壮な男たち。無垢な少女たち。圧倒的なルックスを誇ったものたちです。

 おひな様の顔にご注目ください。はかなく開いた口元を。その隙間からのぞいたエネメル質の形のいい歯列を。光をやどした宝石のような目玉を。

 衣装は西陣織り。全て職人に作らせたものです。照明の灯りを金糸が跳ね返して、それはもう言葉にできないほど美しいでしょう。


 そう距離を取らずに、もうちょっとそば近づいてじっくりご鑑賞ください。

 そうそう。間近でご覧になってください。

 確かな美を感じるでしょう。芸術を感じるでしょう。

 少しお化粧は施していますが、彼らの美しさは人工物ではない。高い鼻梁。厚い唇。卵型の顔――自然が作り出した美なのです。


 調度品にも目を向けてください。五人囃子の楽器。三人官女の髪飾り。右大臣・左大臣の腰にさげた日本刀。すべて一流品を使っています。ひとつひとつ定期的にメンテナンスがされ、常に美しい状態を保つよう取り計らっております。

 もっとも完成から十年も経つと、人形の本体の方は、ところどころにガタが来ていいるようです。どこかでが必要だとは仲間内で話されているところです。


 ふふふ。私に呆れておられますね。

 内部告発とうそぶいておきながら、『ひな壇』に傾倒している私の態度を。

 二律背反というやつです。

 美しくてたまらない。その反面、憎悪してやまない。


 ところで、そろそろ気になってきたところでしょう。これらの素材をいかに調達したかについてです。

 返答はさほど難しいことではありません。我々の商売は、人の生き死にをやりとりすることが多いですからね。その活動のさなかで、とびきり美しい死体を収集することにしたのです。

 お雛様の顔ですが、どこかでみたことがありませんか?

 そうです。

 十年前に謎の失踪をとげた女優さんです。失踪ということになっていますが、我々の金を持って逃げたので始末しました。

 もっとも、人形に使わせていただいたのは頭の部分だけです。首から下は使い物にならなかったのでね。よく見るとひな人形の首元に切れ目が見て取れるでしょう。微細な切れ目ですが。


 腐敗はしないのかですって?

 たしかに、人間の肉体というものは、生命活動を停止した時に、腐敗がはじまりますね。それをいかに食い止めたかという話になります。

 ご遺体の体内にプラスチック製の液体を注入するのですよ。

 人工心臓を使って全身に行き渡らせると、毛細血管の奥の奥までプラスチック液が浸透します。そうすることで、人間の肉体は樹脂化するというわけです。なかなかの技術でしょう? こうすれば防腐剤の匂いだってしません。


 さて、そろそろここを離れるとしましょう。あまり長居をしていい場所ではありませんから――。


 ――ん? 物音?

 誰だ!そこのひな壇の陰に潜んでる野郎は!

 あ――。これは、これは大西の兄貴じゃないですか。どうされたんですか、こんなところに。林に前田まで。ずいぶんおそろいですねえ。パーティーは明日ですよ。私は会場の下見に来ていたんです。

 埃のひとつでも残したら許さないですって? もちろんですとも。その辺抜かりはありません。

 そいつは何者かですって?

 彼はですね、明日のパーティーにこそ来ませんが、さる重要人物の関係者でしてね。是非とも一度見てみたいとおっしゃるものですから。

 許可ですか? ひな人形の公開は年に一度、三月三日だけだと。申し訳ありません、許可はとっておりません。

 功を焦っておりました。この方を招待すれば私の将来は安泰ということになりますからね。

 ペナルティ? もちろんです。甘んじて受けますとも。細かい話は、どうでしょう、ここで立ち話というのも何ですし、一度事務所に戻ってするというのは。


 あっ! おい! 離せ、前田! 林!

 上のものにやることか。俺はお前の兄貴分だぞ! てめえ。その方にも乱暴してんじゃねえよ。

 大西の兄貴も何か言ってやってください!

 何か言って……。


 は、は、は。

 ははははは。

 そういうことですか。

 最初から見抜いていらしたのですね。

 彼が私の招いた方が記者であることも、私がこの商売に嫌悪感を抱いていることも。

 告白します。

 全てその通りです。

 雑誌にリークしようとしました。

 でも、許してください。写真は撮らせてませんし、録音もさせていません。場所すら教えていないのです。

 とにかく助けてください。命だけは。なんでもやります。糞でも食います。でも、命だけは……。

 その記者なら殺していい。もう人事不省に陥っている。尿までもらしてるじゃねえか! 兄貴!


 五人囃子の体格が不安定になってきている? たくさんの樹脂が必要になった?

 それはつまりどういうことですか?


 頼みます……大西の兄貴、どうか慈悲を。

 えっ、一日だけ待ってやる?

 明日はひなまつり。

 その間は檻の中で白酒を飲んで一日過ごしていいと……?

 ……なんて優しさでしょう。

 痛み入ります。

 あぁ…………!



終わり

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