チョコレートコスモス(6)

「というわけで、どうか美紗様! このとおり!」

 次の日の朝、文化祭実行委員である美紗の前で両手を合わせる。当たり前だけど美紗は渋い表情を浮かべていた。

「立山と両想いになりたいから、文化祭の模擬店当番を免除してほしい、と?」

 美紗のその言葉に何度も頷く。

「いくらなんでもそんな勝手は許したくないなあ」

「美紗様、一生のお願いっ! 文化祭が終わるまでに絶対に立山と付き合いたいの」

「それだけじゃあ足りない」

「文化祭の準備、あたし立山の分もなんならクラスみんなの分も頑張るから! なんでも雑用回していいから。だから、このとおり!」

 ギュッと両目を瞑って、両手をこするように強く合わせる。うっすら開けた左目に映った美紗が諦めたように溜息をついた。

「よろしい。その分本気で頑張んなよ。あと準備の手抜きは許さないからね」

「ありがとー!」

 友達に話をつけて終了ではない。昼休みに弁当を食べ終えてから職員室へと向かう。今度は担任の橋本先生の前で頭を下げた。

「はしもっちゃん、このとおり! 文化祭の日にどっかの空き教室の鍵貸して」

 両手を合わせた隙間で橋本先生の顔色を窺う。当然のことながら承諾してもらえそうな雰囲気ではない。案の定すぐに駄目だと言われた。

「どうせお前のことだから誰か男を連れ込むんだろ? 校内でのそういった行為は禁止だ」

「そういうんじゃないって、まじで。あたし今彼氏いないし。今回の文化祭、もしかしたら立山が参加するかもだから、立山が安心できる場所が一か所でもあると安心かなって思って頼んでんの。だからもう、一生のお願い!」

 本日二度目のそれを使って、再び頭を下げる。先生の今度の間はなんとなく本気で考えてくれているような気がした。あたしみたいなちゃらんぽらんな人間ではなくて立山みたいなちゃんとした人の名前を出すと、大人たちは真剣に考えてくれるようになる。少し複雑な気持ちになるけどこれが現実だ。

「わかった。四階の空き教室を貸してもらえるように他の先生に話してみるよ。そのかわり立山が文化祭に参加しなかったら鍵は貸さないからな。あともし当日、他の目的で教室を使用していることがわかったらその時点で使用禁止。わかったな」

「うん、わかったわかった。はしもっちゃん、ありがとー」

 その言葉に橋本先生は仕方がないみたいに溜息をついた。職員室を出るとき、学年主任の女の先生に「あなた、少し言葉遣いに気をつけなさい。あと職員室では静かに」とすれ違いざまに言われた。はーいと言ったあとで、なんとなくその先生の横に広い背中に向かって舌を出した。

 教室へ戻る途中、廊下を歩きながら天井を見上げる。規則正しい間隔で並んだ蛍光灯が流れていくのを見ながら、自分と立山について考える。立山の名前を出した瞬間に態度を変えた先生を見て、昔の嫌な感覚を思い出した。なにをするにも弟と比べられたことが、ぼんやりと頭の中に浮かんだ。普段の自分の生活態度のせいだってわかっているけど、これが例えば優等生の誠だったらすんなりと鍵を貸してもらえたのだろうと思う。

 ポジティブでいたい自分の頭の中に考えたくない言葉が並ぶ。こんなに小さな出来事でもあたしと立山は釣り合っていないのだなと実感してしまう。先生にあたしが立山のことを想っていると話したら、きっと声を出して笑っていただろう。もしかしたら先生たちは去年からのあたしの態度を見て、とっくにそのことに気づいているのかもしれない。そしてあたしの知らないところで笑われているのかもしれない。

 単純に寂しかった。ひとりでいることがとかそういうことではなくて、心になにもないかのようにスッと風が通り抜けていく感覚だった。実感したくないあたしと立山との差をこんな形で示されるのは悲しかった。

 その場で立ち止まる。首を左右に振って、両手で頬を叩いた。ネガティブに飲まれそうになる自分をなんとか切り替える。無理やり口角を上げて自分のクラスへと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る