Seven stories

AZUKI

第1話 ポンポン



「ミサキちゃん、ポンポンってオバケ、知ってる?」


 その日の帰りの会が終わると、私の前の席に座るユメちゃんが、顔だけ後ろに向けて話しかけてきた。

 ユメちゃんは怖い話が大好きで、たくさんの妖怪やオバケを知っている。

 私は怖い話が苦手だから、聞きたくない。

 ユメちゃんはそれを知っていて、わざと話を聞かせてくるから、少しイジワルだと思う。

 私がユメちゃんの話しを無視して帰りの支度をしていても、ユメちゃんは気にせず話しの続きを話してしまう。


「手足はないんだけど、緑色の半袖シャツと、黒い膝丈のパンツを着ているんだって。顔は白い風船で、黒いマジックペンで笑顔と、怒った顔が描かれているんだって。」


「ユメちゃん、私帰るよ」


「待ってミサキちゃん!帰り道、気を付けるんだよ〜、ポンポンを怒らせたら、風船にされて、ポンポンが持ってる針で刺されて割られちゃうんだって〜」


 ユメちゃんは顔をゆっくり近づけると、怖くて動けない私の前で、「パアン!!」と叫んだ。

 驚いて飛び上がり、私はランドセルを担いで走って教室を飛び出す。

 教室の中でケタケタと、楽しそうに笑うユメちゃんの声が聞こえた。


 私の家は、学校から少し歩いて、小さな森を抜けた先にある。

 その森はどの時間帯でも薄暗く、人通りも少ないので、私は苦手な森だった。


「あー、今日の晩御飯は何かなあー」


 怖いのを紛らわすためにわざと大きな声で独り言を言いながら、森の道を早足で歩く。


  ポーン⋯ ポーン⋯


 私のすぐ近くで子供の高い声が聞こえて、驚いて立ち止まった。

 宙に浮いた黒いパンツの裾が、目の前で揺れている。

 足はない。

 ユメちゃんの怖い話を思い出してしまう。

 私は俯いたまま、ゆっくりと一歩踏み出した。

 パンツの裾が、一歩後退する。

 二歩、三歩と歩くと、パンツの裾も、合わせるように後退した。


  ポーン⋯ ポーン⋯


 また声が聞こえて、勢いよく顔をあげる。

 目の前に、黒いマジックペンで笑顔が描かれた白色の風船が、フワフワと宙に浮いていた。

 緑色の半袖シャツと、黒い膝丈のパンツも一緒に浮いている。


「⋯ポンポン?」


 ポーン ポーン!


 震える声で尋ねると、風船は嬉しそうに二回、上下に跳ねた。

 ユメちゃんの怖い話を思い出す。

 ポンポンを怒らせたら、風船にされて、割られてしまう。

 恐怖でその場から動けなくなってしまった私に、風船のオバケがシャツの袖をゆっくりと前へ差し出した。


 ポーン ポーン


 風船と一緒に、シャツとパンツが左右にユラユラ揺れている。

 恐る恐る手を伸ばして、シャツの袖を掴んでみた。


 ポーン ポーン ポーン!


 喜んでいるかのように、少しだけ揺れが大きくなる。

 その瞬間、恐怖がさっぱり消えて無くなり、私はポンポンの袖を握ったまま、一緒にクルクル回りだした。


 ポーン! ポーン!


「うん!楽しいね!ポンポン!」


 ポンポンは人を風船にして割ってしまう、恐ろしいオバケだってユメちゃんは言っていたのに、私はその時どうしてか、ポンポンのことをカワイイと思っていた。

 私とポンポンはクルクル回りながらゆっくりと前進していって、森の出口まで辿り着く。


「あのね、ポンポン。明日、ユメちゃんって友達を連れてくるから、三人で一緒に遊んでくれる?」


 ポーン!


「ありがとう!じゃあ、また明日ね!」


 嬉しそうに跳ねたポンポンに手を降って、私は元気よく駆け出した。

 ユメちゃんはオバケが大好きだから、ポンポンのことを話せばきっと遊びたがるだろう。

 三人で遊べば、今日よりもっと楽しいはずだ。

 私は明日のことを考えながら、ご機嫌で家に帰った。


 次の日、帰りの会が終わると、私はさっそくユメちゃんにポンポンのことを話した。

 ユメちゃんは最初驚いていたけど、三人で遊びたいと伝えると、一緒に森まで付いてきてくれた。

 ユメちゃんがそこまで嬉しそうじゃなかったのが、ちょっと意外だったけど、ユメちゃんの家は森から反対方面なのに、しっかり付いてきてくれることが、私はとても嬉しかった。


 ポンポンは、森の入り口で待っていてくれた。

 私達の姿を見つけたポンポンは、喜んだ様子で左右にユラユラ揺れている。

 私も嬉しくなって、両手を挙げてブンブンと振った。


「ミサキちゃん」


 一緒に歩いていたはずのユメちゃんは、私の背後で立ち止まり、緊張しているような、硬い表情で私を見つめている。

 オバケが大好きなユメちゃんでも、本物のオバケを目の前にすると、やっぱり怖いんだ。

 私は安心させるつもりで、ユメちゃんの手を握った。


「大丈夫だよユメちゃん、私も最初は怖かったけど、一緒に遊んだら全然怖くなくなったよ」


 優しく宥めながら、ユメちゃんと一緒にゆっくりポンポンに近づいていく。


「ごめんなさい、ミサキちゃん、もう、怖い話して怖がらせたり、しないから⋯」


 後ろを歩くユメちゃんは俯いて、片手で両目を覆いながら泣いていた。

 毎日楽しそうに笑って生活しているユメちゃんが泣き出すなんて、初めてのことだった。

 私が立ち止まってユメちゃんが落ち着くまで待っていると、ポンポンが左右に揺れながら迎えに来てくれた。

 ユメちゃんの隣まで来ると、泣きながら体を硬くしているユメちゃんの後頭部まで袖がのびてゆく。

 私には、ポンポンがユメちゃんを落ち着かせようとしているように見えた。

 でも、白い風船に描かれた顔は、怒っていた。


「ポンポンごめんなさい!一緒に遊ぶことは出来ないの!許してくださ⋯」


 ポンッ パアン!!!


 全部が、一瞬の出来事だった。

 ユメちゃんが泣き叫びながら謝っている最中、ユメちゃんの顔が、桃色の風船にされてしまった。

 そしてすぐ、ポンポンの袖に握られていた裁縫用の針で割られてしまい、ユメちゃんが身に付けていた服と、ランドセルが音を立てて地面に落ちた。


「あ」


 ポンッ パアン!!!










 その日の夜、子供用の衣服が2着と、赤いランドセルが2つ、森の入口付近で見つかった。

 だが、遺体はどこを探しても見つからず、持ち主である2人が家に帰ることもなかった。










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