執着

びびっとな

執着



60代の女性、Tさんから聞いた話だ。

ハッキリと見えることは少ないが、細かな心霊体験が沢山あるらしい。

例えば、暑い夏の日。道端に止めていた車を出そうとしたら「たすけてーーーー」と野太い声が聞こえて来た。びっくりして車を停めると、その脇を猛スピードのトラックが通り過ぎて行った。Tさんはそのトラックが全く見えておらず、声が聞こえていなかったら確実に衝突していたという。



もちろん、周りを見ても誰もいない。不思議に思いながら家に帰り、ふとカレンダーを見る。

『そうか、今日はお盆だった。』

よくよく思い返すと、亡くなった父の声に似ていたような気がする。お盆だから、危ない運転をしている娘を救ってくれたのだろうか。

それにしても、「助けて。」という言葉の不気味さ、後味の悪さがやけに残る出来事だった。



他にも、家で眠っていたら大勢の足音が聞こえた。亡くなったペットの犬が会いに来たなど、体験談を幾つも持っているそうだ。



そんな中でも、特に印象に残っているのは数年前の出来事。

近所のスーパーへ歩いて買い物に行った帰り。少し寄り道をしたので、いつもとは違う住宅街の道を歩いていた。乗用車2台がどうにかすれ違うことが出来るくらいの幅だが、ここを通る車は結構飛ばしていることが多い。

車の音に注意しながら歩いていると、道端にある電柱のそばに、花が供えられていることに気が付いた。



『あ、ここで事故があったんだな。可哀想に。』そう思いながら、少し花を見つめていた。いつの事故かは分からないが、Tさん自身も娘がいることから少し感傷的になっていた。

さぁ、行こう。と、前を向いた時。眼前に女性が立っている。

背格好は160cmのTさんと同じくらい、長い黒髪のロングヘアを垂らし、赤いシャツと白いスカートを履いていた。30代前半くらいの普通の女性である。眼球の全てが真っ黒であることを除けば。

目が合った。黒目が無いため分からないはずなのだが、ハッキリと『目が合った』とTさんは証言している。そして女性は口の端を歪めると、笑った。



反射的にTさんは目を逸らした。目を見てはいけない。本能的にそう思った。

何事もなかったかのようにゆっくりと脇を通り抜ける。幸い、足音もなく追ってきている様子はない。

次の角まで5〜6メートルと短い距離だが、とてつもなく長く感じた。すると、人影が角を曲がってこちらの道へ入ってくる。

それは、後ろにいるはずの女性と瓜二つの姿だった。その目を見つめることは出来ないが、やはり塗りつぶされたように真っ黒である。

Tさんの息が荒くなる。走り出してはいけない。見えていると気付かれてはいけない。そう言い聞かせながら、ゆっくりと道を進んで行った。



Tさん曰く、その女性は角を曲がり切るまでに3回現れたという。だが、その道を離れてからは丸っ切り姿を見せなくなったそうだ。



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Tさんは大好きなビールを飲み干すと、メニューを見ながらこう言った。

「油断したね。花を見て、ほんの少しだけ同情しちゃったんだよ。付け込まれるから、あんまりしないようにしてるんだけどね。」



店員を呼ぶベルを押しながら私は尋ねた。

「事故の現場で亡くなった女性なんでしょうか。」



「いや、たぶんね。あの女に連れて行かれたんじゃないかな。あの場所に執着してて離れられないから、仲間を探してたんだと思うよ。」



Tさんはそれ以来、その道を使うことは辞めたという。

「もう、覚えられてるかもしれないから。」と。







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