ことしのひなまつり
今村広樹
本編
おかあさんはひなまつりが嫌いだった。
「なんできらいなの?」
と、わたしは聞いたことがあるが、そのたびに
「さあ」
と、はぐらかされた。おかあさんがきらいなら、べつにむりしてひなまつりをしなくてもいいけどなあ。そんなことを考えているうちに、わたしは完全に「ひなまつり」と疎遠になってしまったのである。
そんなわけで、わたしは「ひなまつり」が大嫌いだ。なのになぜ今年、わざわざ桃の節句ケーキなど焼いたかというと、そりゃもちろん四日前に喧嘩した恋人をぎゃふんといわせてやりたいからにきまっているではないか。わたしはキッチンで一人、力作を眺めまわして不敵な笑みを浮かべた。
こんなふうに堂々と嫌がらせを遂行できるのは、わたしの中に罪悪感が欠片もないからである。なぜならわたしが全面的に悪いから! ていうかそもそもの原因は向こうの浮気だから! あーっはっはっはっはっは、と笑っていたそのときである。
玄関のチャイムが鳴った。だれだこんな夜更けに迷惑な、と思って覗き窓から見てみたら、彼が立っているではないか。時計を見たら十一時五十分である。早すぎるよ! まだケーキできてないよ! とっさに居留守を使おうかとも思ったのだが、彼にどんな仕返しをされるかわかったものじゃないし、根に持たれるのも恐いのでおとなしくドアを開けることにする。
「なにしにきたの?」
「いや……近くを通りかかったから、もしかしたら早く仲直りできるかと思って」
「ふうん」
彼は玄関口にケーキの箱を認めた。途端、ぱっと目を輝かせて顔を輝かせる。おいおいきみもか! 乙女か! もうため息しか出ないよ……わたしはやけくそで彼の腕の中に飛び込んでいった。抱きついてしまえば顔は見えないし、にやにや笑うのも見られないだろうという姑息な魂胆である。しかしそうは問屋が卸さなかった。彼はわたしを抱き留めて顔を覗きこもうとするのだ。
「なにその箱?」
あ、しまった気づかれた。
「別に?」
とそっぽを向いてみるが、これは逆効果だ。彼がそっとケーキの箱に手をかける気配がある。わたしは意を決して彼の胸にぴったりと頬を押しつけた。防御の体勢である。もうこうするよりほか身を守る術はない気がしたのだ! そんなわたしの決死の覚悟も知らず、彼はあっさりとケーキの箱を奪取してしまった。
「……これ」
「桃の花のケーキです」
もうどうにでもなれ、という心境だったわたしは開き直ってそう言ったのだが、彼は
「……いっしょに食べようか?」
と、聞いてきたから、わたしは
「うん!」
と、返した。
ことしのひなまつり 今村広樹 @yono
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