わたしのアイドル

藤泉都理

わたしのアイドル




 自主レポート 

 第32回北海道自治研集会 大Ⅳ―②分科会 地域で教育を支える~教育行政・生涯学習・スポーツ・文化~

 学校用務員の実態と正規職員での配置の必要性とは

 東京都本部/小金井市職員組合 島崎孝明


【職務内容明確化の自治労モデル】

1. 環境整備に関する業務

① 校舎内外の清掃及び整備に関する作業

② 樹木、花壇、除草等の手入れに関する作業

③ 暖冷房、器具、燃料に関する作業

④ 施設、設備の補修及び整備の作業

⑤ 飼育動植物等教材関係の整備協力に関する作業

2. 管理運営に関する業務

① 文書送達受領等連絡に関する業務

② 外来者の受付、その他の連絡に関する業務

③ 学校諸行事の準備並びに整備に関する作業

④ 補修工具等の備品の整備及び保管

3. その他






「っていう事をしてるんだよねえ」


 放課後の事である。

 推定五十代、垂れ目、片目だけ少しだけ波打つ前髪で隠し、インコの尾っぽみたいに長い髪の毛を後ろに束ね、少しだけだぶついている灰と緑の混色の作業服を身に着けた男性、帯黒たいこくは、学校用務員って何をしてるんですかと尋ねて来た高校二年生の女生徒、綾里あやりにスマホを見せながら、にへらと笑った。


「帯黒さん。これを一人でしてるの? 大変だねえ」


 帯黒に尋ねて来た綾里は、帯黒と共に花と野菜を雑多に植えている花壇を見ながら言った。

 よほど環境がいいのか、手入れを全くしていないように見えるが手入れがいいのか。

 ツクシ、パセリ、ブロッコリー、スナップエンドウ、サヤエンドウ、食用菜の花、ワサビナ、コマツナ、ラディッシュ、ジャガイモ、タマネギ、タンポポ、イヌフグリなどなど。

 一種類が実らせる数は少ないけれど十数種類の野菜が実り、タンポポとイヌフグリが咲き誇っていた。


「いやいやいや。学校の先生と一緒にだよお」

「学校の先生に学校の用務員の仕事をする時間ないと思うけど」

「まあねえ。激務だからねえ。でも、ちょいちょい手伝ってくれる先生も居るんだよねえ」

「へえ。例えば、八尋やしろ先生、とか?」

「うん。そうそう」

「帯黒さん。八尋先生と仲がいいもんね。同じ年齢のおじさん同士だから?」

「うん。そうそう」

「八尋先生さあ。挨拶の時に言ったんだ。元アイドルだって。ほら。八尋先生、去年の四月にこの高校に来たばっかりだったからさ。生徒のウケを狙ってんだろうってさ、みんなは親しみは持ったけど、本気にはしてないわけ」

「うん。そうじゃない」

「でも、私の目は誤魔化せないんだよねえ」

「八尋先生が元アイドルだったって?」

「っちっちっちっ。元もつかないアイドルだよ。つまり、現役のアイドルだよ」

「………学校の先生って副業っていいんだっけ?」

「いいところもあるらしいよ。非常勤講師だったら無条件にオッケー。だったと思う。多分」

「つまり、学校の先生とアイドルを兼業してるって?」

「そう。きっと、地下アイドルだね。私には分かる。だって、ひとつひとつの動作がしっかりしているし、軽やかだし、綺麗だもん。八尋先生が動くたびにさ、まるで、星とか花とか光とかがさ、空に舞い上がるんだよね。声もだみ声でちょっと聞き取りづらいって人も居るけど、地球の裏側にまで届くみたいに、響いてるし、透き通ってているもん。いつもスーツの上にロングカーディガンを着て背中を少し丸めて、髪型はオールバックでかっこいいのに、表情は疲労感がたっぷり詰まっています爆発しそうですって印象が強いけどさあ。渋くってさあ、色気もあるように私には見えるんだよねえ。私、先生の古文漢文の授業を受ける度にさあ、うちわを振りたくなるんだよねえ。あ。やってないよ。心の中で留めてる」


 帯黒は咄嗟にスナップエンドウの蔦を掴んで、言葉の大洪水による沈溺を回避しては曖昧に笑って見せた。


「なるほどお。用務員のおじさんに話しかけてきたのは、八尋先生と仲がいいから、本当にアイドルをしているか、知りたかったってわけ?」

「ううん。別に。ただ、誰かにしゃべりたかったってだけ。八尋先生のアイドル説。それに、帯黒さんもアイドルなんじゃないかなーって思って。八尋先生と同じで、だらしないうだつの上がらないおじさんって感じだけど。八尋先生みたいに動作も綺麗じゃないし華があるわけじゃないけど。力強いオーラが半端ないって言うか。大黒柱? 大地? 八尋先生に不可欠な存在。二人が一緒に居るだけで、きゃあって大はしゃぎしたくなる。私さ。八尋先生と帯黒さんを推してんだ。他の友達はさ、同級生と化後輩とか先輩とか他の若い先生が学校に行く理由だって、アイドルだってはしゃいでるけど。私にとっては、八尋先生と帯黒さんがアイドルなんだよね。あっ。大丈夫。ひそかに応援するだけだから。学校でも極力話しかけたりしないし。学校以外ではもちろん話しかけたりしないし。今回は見逃してね。どうしても、言いたくなって。本当は本人に言うなんて厳禁なんだけど。私一人だけのアイドルにしたかったからさ、他のみんなに言えないし。でも、自分の中だけに留める事ができなくなっちゃって。ごめんね。帯黒さん」

「ああ。いや。うん。こんなおじさんたちをアイドルって言ってくれて嬉しいよ」


 興奮しまくっているのだろう。

 早口すぎて綾里の言葉がほとんど素通りしていた帯黒は、けれど、褒められている事だけは分かって素直な想いを口にした。


「うん。安心してね。もう話しかけないから」

「ああ。いや別に、そんな決意しなくても、世間話でも困り事でも何でも話してくれていいから」

「ううん。ファンとしてのケジメをつけるわ。絶対に帯黒さんに用事がある時しか話しかけないから」

「ああそう。うん。まあ、そこまで固く決めてるなら。うん。いいんじゃないかな」

「うん。ありがとう。ここまで私の話に付き合ってくれて。じゃあね。身体は壊さないようにね」


 花壇の煉瓦の上に置いていた鞄を肩にかけると、綾里は駆け走ってさっさと立ち去って行った。


「だって。俺たちアイドル目指しちゃう?」

「いいですよ。私はアイドルはもう卒業しましたから」


 綾里と入れ替わるようにやって来た八尋に、帯黒は笑いかけた。

 近くに居る事はなんとなく分かっていたのだ。

 まだ大学の合格発表や試験が控えている教え子が居て気が休まらないと、毎日放課後、癒される為に花と野菜を見に来ているので居るのだろうなあと。


「アイドルって。高校三年間だけでしょ。まあ。俺もですけど」

「本当に、高校三年間だけでした。一番輝いていたのは」

「今もあんなに熱烈に応援してくれる子が居るので、輝いているんじゃないですか?」

「物好きな子ですよねえ」

「どうです? この後カラオケでも行きませんか? 久しぶりに踊りながら歌いたくなっちゃいました」

「………そうですねえ。行きましょうか?」

「じゃあ、とっとと仕事を終わらせちゃいますか?」

「終わらせましょう」


 八尋と帯黒はしゃがんで一時無言で、自由気儘に咲いたり実ったりごっちゃまぜになっている花壇の花と野菜を見てのち、ゆっくりゆっくりと立ち上がると早足で職員室と用務員室へと向かったのであった。











(2025.3.5)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしのアイドル 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ