3.奏歌くんの初めての訪問

第8話

奏歌くんが来る前に姉に言い聞かせられていた。

 部屋を掃除しておくこと、最低限のものは揃えておくこと、奏歌くんを困らせないこと。

 最低限のものと言われても想像がつかないので海香に聞けば、お湯を沸かすものや食器やお布団と言われた。奏歌くんはお泊りをしてくれるようだ。

 通販サイトで電気ケトルを買って、食器は貰い物があるから何とかなるだろうと思っていたら、通販サイトの鳥籠のようなハンギングチェアと鳥籠のようなソファに釘付けになってしまった。ソファは広くて奏歌くんのお昼寝にも使えそうだ。

 マンションの最上階を一階丸々使っている部屋は広く、家具はほとんどない。私が姉の海香でも部屋に入れるのが嫌なくらい縄張り意識が強いので、私は幼馴染で親友の百合ですら部屋に入れたことがなかった。

 私だけの場所で、誰かが入って来るのは不快だ。ストーカー化した男性が入り込もうとしたときには、本当に嫌ですぐに警察に通報した。そもそもマンションを教えていないのに付き纏って調べ上げてくるあたりが気持ち悪い。

 他人を自分の部屋に入れるのが嫌な私が、奏歌くんが部屋に来て鳥籠のようなハンギングチェアで寛いだら可愛いだろうとか、鳥籠のソファでお昼寝したら可愛いだろうとか考えるなんて自分でも想像もつかなかった。

 稽古は本番に向けて厳しくなっていたが、休日に奏歌くんが部屋に来るのを私は心待ちにしていた。

 当日、奏歌くんは篠田さんに送られてやってきた。チャイルドシートから奏歌くんを降ろして、篠田さんは私に大きな袋を二つ渡した。


「こっちがお惣菜で、こっちが飲み物とか」

「ありがとうございます。奏歌くんのことは気を付けてお預かりします」

「俺は納得したわけじゃないですから」


 篠田さんの視線が厳しい。

 可愛い6歳の甥っ子の運命の相手が私みたいなのだから仕方がないのだが、認めて欲しいとちょっと悲しかった。奏歌くんは青いマリンキャップに涼し気なポロシャツにハーフパンツという姿だった。靴下とハーフパンツの間から見える膝小僧が少年っぽくてすごく可愛い。


「よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げる奏歌くんにずっしりと重いバッグを持って私はエレベーターに乗り込んだ。最上階に行くと玄関から部屋に上がる。奏歌くんはきょろきょろと部屋の中を見回していた。


「かわいいいすがある。あっちはソファ?」

「うん、奏歌くんに似合いそうで買っちゃった」

「かった……え? いすとソファを?」


 驚いているが奏歌くんはハンギングチェアと鳥籠の椅子に興味を持ってくれたから買って良かったと嬉しくなる。渡されたバッグをテーブルに下ろすと、奏歌くんが中身を取り出した。

 ガラスの蓋のついた容器が幾つかと、重箱が一つと、麦茶の2リットルのペットボトルが一つ。

 冷蔵庫を開けて奏歌くんが驚きの声を上げる。


「おみずしかはいってない」

「え? いけなかった?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る