第6話

稽古が終わってから電話で今日のことを姉の海香に話すと、海香は突拍子のない話なのに馬鹿にせずに真剣に聞いてくれた。それに関しては私の方でもちょっとした理由があるのだが、それは内緒にするということで海香と話がまとまり、海香が奏歌くんのお母さんと会うときに同席してくれる約束をしてくれた。

 海香の運転する車で奏歌くんの家まで行くと、菓子折りを差し出した海香が「あら」と奏歌くんのお母さんを見て声を上げた。


美歌みかさんじゃない?」

「あー! 瀬川先輩じゃないですか!」


 話を聞けば海香と奏歌くんのお母さんの美歌さんは高校の先輩後輩だった。

 昔話に花が咲く前に、私が切り出す。


「奏歌くんの運命のひとが私だって話なんですけど」

「奏歌は海瑠さんからいい匂いがしたって言い張ってるし、吸血鬼にとって運命のひとは生涯会えるかどうかも分からない伝説のようなものなんです。もし本当なら、この関係を大事にしたいと思っているんですが」


 そうでなければどうなるのだろう。


「吸血鬼だというのは内緒なんですよね?」

「はい……瀬川先輩とその妹さんなら大丈夫と思いますが、もし騒ぎ立てるようなら、私たちのことを忘れてもらうことになります」


 自分たちの記憶を消す能力が吸血鬼にはあると美歌さんは話した。そうでないと人間よりもずっと長く生きていることを怪しまれたりして、居場所を転々とするときに狙われる可能性があるからだ。


「奏歌くんのことを忘れる……」


 解けかけたチョコレートの包みを解いて渡してくれた奏歌くん。麦茶を水筒の蓋のコップに入れて飲ませてもくれた。

 可愛く優しい男の子。

 私が出会った中で最高の男性かもしれない。


「海瑠は男運が悪いんです。妻子持ちの年上の俳優に借金押し付けられて逃げられてから、食べ物も喉を通らなくなったし」


 それまでにも降り積もった男性関係の心労で食べ物が喉を通らなくなっていて、口にすると吐いていたのが、奏歌くんのお菓子は平気だった。あれから水分は喉を通るようになったし、少しだけ食べ物も食べられるように復活していた。

 奏歌くんが私を救ってくれたようなものだ。


「血が、必要なんですか?」


 お礼に血くらいあげてもいいと口にした私に奏歌くんが言う。


「みちるさん、ごはんたべないと。みちるさんのち、まずかった」


 そうだった。

 私の血は奏歌くんには薄くてまずいものだった。

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