第5話 13ホームルームティーチャー

「やべ、始業のチャイム鳴ってる」


「真人くんも、3組だよね?」


 響の問いかけに、俺はうなずいた。


「急ごっ」


 二人で勢いよく階段を駆け上がった。


「1年しかいないんだから、教室1階にしてくれたらよかったのに」


 3階に着いたところで、響が息を切らして言った。


 レアリティ学園は新設されたばかりで、今年は1年生の3クラスのみだ。


「大丈夫か?」


 響は息が苦しそうだ。


 そもそもアンドロイドって、呼吸をしているのだろうか。


 まぁ、呼吸をしているように見せかける必要はある。レアリティ学園の生徒は、最も人間らしいアンドロイドとして開発されたのだから。


「真人くん、全然息を切らしてないね。すごい」


「ま、まぁね」


 響に尊敬のまなざしで見つめられて、俺はどぎまぎしてしまう。


「3組の教室、まだあんな先だよ」


 響が廊下の先を指さし、早歩きで先を行く。


「空き教室ばかりだな」


 手前の方の教室を覗きながら、俺は響の後を着いていった。


「来年、再来年はさらに生徒数を増やす予定みたいね」


 響が息を弾ませながら言う。


 俺は響の横に並んだ。


 俺は昨日の身体測定で身長が170cmだったから、響は1あかりそうだcmくらいだろうか。


 響は必死に足を動かしているが、俺は普通の速度で充分だった。


 俺はこれからの学園生活の3年間で、まだ身長が伸びると思う。だが、響はどうだろう。ずっとこのままなのか、それとも定期的にメンテナンスをして身長を伸ばしていくのか。


 俺はこの学園のアンドロイドについて、詳しいことは知らない。ただ、目の前にいる響が、本当に生身の人間にしか見えないってことだけは確かだ。


「やばい、完全に遅刻だよぉ」


 響が3組の教室の前で、立ち止まった。目を潤ませ俺と教室の扉を交互に見てくる。


 俺に扉を開けろってことか。


 気が進まないが、ここは俺が先に行くしかない。


 生徒会長に就任して、校長室に立ち寄っていたから遅れてしまったんだ。遅刻には正当な理由がある。ここは堂々と前の扉から入っていこう。


 引き戸が立てるガラガラという音が、やたらに大きく聞こえる。


 扉を開けると、生徒たちの視線が俺と響に集中した。


「お、おはよーございます」


 大きな声を出したつもりだった。だが実際のところは、声が掠れたしどもった。


 俺の背中に隠れるようにして、響も教室に入る。


 ウイーンと車輪が回るような音が近づいてきた。


「伏木真人サン、音成響サン、遅刻デス」


 俺の前に現れたのは、足に車輪をつけたシルエットだけは人型のロボット。そいつが、機械音声でそう告げた。


「なんだこれ? よく企業の受付とかにいるロボットだよな?」


 俺はロボットの丸い頭を撫でた。


「フザケルノハ、ヤメナサイ」


「おいお前、それ担任だぞ?」


 一番前の席に座っている男子生徒が、俺に話しかけてきた。


 金髪でヤンチャそうな男だ。足と手を組んで、ふんぞり返った姿勢で椅子に座っている。制服の黒いジャケットの前ホックは全て外したままで、中に着た赤いTシャツが目につく。


「嘘だろ。今日は担任が欠席とか?」


 俺はきっと、この金髪にからかわれているのだろう。


「中学校でも、先生が出張の時に代わりにこういうロボットが来てたな」


 一般に流通している、見慣れたロボットだ。しかも最新型ではなく、わりと旧型のはずだ。


「本当に担任だ」


 金髪の後ろに座っている男子生徒が、口を挟んできた。


 黒髪で端正な顔立ちをしている。金髪と同じ黒いジャケットを着ているが、詰襟まできっちりホックを止めていた。外見で判断するものではないが、この生徒に言われると信憑性がある。


「担任ノ、13ホームルームティーチャーデス」


 ロボットから、機械音声が流れる。


 担任は高性能なアンドロイドでも生身の人間でもなく、本当にこの旧型のロボットだというのか。


「一応、全教科対応型」


 黒髪が淡々と言った。


「成績をつけるのも担任だから、あんま変な態度取らないほうがいいぜ」


 金髪がにやりと含み笑いをする。


 俺の手は、担任だというロボットの頭に乗せたままだった。


「あ、あぁ。ご忠告ありがとう」


 俺は、担任の頭からそろりと手を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る