パーフェクトアンドロイド
ことは
第1話 4月7日 入学式
「1年3組、
俺の名前が呼ばれた。
首元に手をやり、詰襟のホックが外れていないか、身だしなみを確認する。
大丈夫だ。
「はいっ」
短く返事をして、すっと立ち上がった。
制服のジャケットは黒と白の二種類。俺は黒を選んだ。
ひな壇上に設けられた席の最後列から、ホールを見渡す。
レアリティ学園の新入生は100名。生徒たちの背中が、オセロのようにずらりと並んでいる。今のところ黒が優勢か。
背筋を正し、深呼吸をする。
俺は特別に選ばれた。そう、俺は特別な存在なんだ。
「新入生代表の挨拶をお願いします」
アナウンスの声と同時に、俺は風を切るようにしてステージに向かった。
俺はありきたりな導入の挨拶をしながら、ステージ上から新入生の顔を一人一人見定めていった。
皆きわめて普通の高校生だ。特に変わった奴はいない。
スモーキーピンクのロングヘアをいじっている女。姿勢を崩した金髪の男。ちらほら派手な外見の奴もいるが、自由な校風だからその程度は問題ない。
「私は、今年から新設されたレアリティ学園の1期生として、皆さんと一緒に入学できたことを誇りに思います」
俺の言葉に、何人かが頷くのが見えた。その仕草は極めて自然だ。
「私たち100名は、皆さんご承知の通り……」
俺は、ごくんと唾を飲みこんだ。
「私たちは、実験的試みで開発されたアンドロイドです」
大きく頷く生徒たち。彼らは、自身がアンドロイドとして生まれたことを最初から知っている。
席に座っている生徒たちは、外見的には人間にしか見えない。
だが、動いたらどうだろうか。話してみたらどうだろうか。
「私たちが目指すのは、最も人間らしいアンドロイド。私たちは外見だけではなく、人間らしい感情の起伏や思考を併せ持つのが特徴です」
話しながら俺は、右から左へと視線を動かし、生徒たちを観察した。
どの生徒も落ち着いて席に座り、俺の話を真剣に聞いている。妙な動きをするような生徒はいない。
そう思った矢先、俺はある一点で視線を止めた。
俺の目に飛び込んできたのは数字の7。向かって左側、中段くらいの席の辺りに、数字の7が突然浮かび上がっていた。
なんだあれは?
7が横に倒れる。よく見ると7の下には顔がある。人の顔だ。首をかしげている。
「ああいう髪型か」
思わずつぶやいた俺の声がマイクに乗る。
「あっ、失礼しました」
フロアからどっと笑い声が上がった。
俺は顔がカーっと熱くなった。
7を頭につけた生徒も笑っている。頭のてっぺんで7が揺れる。
あの髪、どれだけスプレー使って固めたんだ。
頭のてっぺんにアンテナでもつけたような髪型は、まるでロボットみたいじゃないか。いや、そもそもあいつはロボットか。
妙な髪形をしているのは、そいつだけではない。その隣の水色の髪の生徒も、角が二本生えたような髪型をしている。
ああいう髪型が、流行りなのだろうか?
あえてアンドロイドのような近未来ファッションをすることで、人間らしく見せかける裏技かもしれない。
俺は咳払いをし、挨拶の続きに戻った。
「私たちはこの学園で、勉学はもちろんのこと、より一層の人間らしい生き方を身に着けていきます」
このホールに座っているアンドロイドたちは、インフィニティブレイン社の最先端技術によって製造された。アンドロイド業界で世界トップクラスと言われる、あのインフィニティブレイン社だ。
「学園卒業後には、私たちはアンドロイドとしてではなく、一人の人間として社会に進出します。これはあくまで実験的試みです。しかし」
俺はこの研究の一環に携われたことを誇りに思う。深く息を吸い、胸を張る。
「私たちは実験を実験のまま終わらせません。この試みが成功すれば、私たちにはこの学園の一期生として社会で活躍する未来が待ち受けているでしょう」
ホールに座る生徒たちから、拍手が湧く。
俺は姿勢を正し、一礼した。皆の視線が集まる中、ステージの階段を下りる。
俺は平気で嘘をつく。
嘘と言うと聞こえが悪いが、守秘義務と言えばどうだ。俺には守秘義務がある。
俺はここにいるアンドロイドたちとは決定的に違う。
だが、その違いを絶対に悟られてはならない。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
****
「おつかれさま」
席に戻ると、隣の女子生徒が囁くように話しかけてきた。
どうも、と軽くお辞儀をする。
視線をステージに戻そうとしたが、女子生徒の澄んだ声に引き止められる。
「私、
女子生徒が、親しげに微笑みかけてきた。明るい栗色の柔らかそうな髪が揺れる。
まっすぐ伸びた背筋に、白いジャケットがまぶしい。彼女の両手は、黒いタイトスカートの上で上品に重ねられている。
「あ、あぁ」
声が上ずってしまった。
ちょっと話しかけられたくらいで、なに緊張してんだ俺。
俺は手の平にかいた汗を、さりげなく制服のズボンでぬぐった。
膝の上でぎゅっと拳を握り、視線をステージに定める。
騒ぐな俺の心臓。相手は所詮、アンドロイドだ。
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