第35話

今返事をされると当然断られる。


どうせならもう少し頑張ってから、旭奈が俺を意識してまた絵を描くスピードが遅くなるほど悩んでから返事を聞きたい。



あの優しい彼に到底敵うわけがないとは分かっているが、少しくらい闘わせてよ。


比べるほどの相手でもないのかもしれないけれど、やっとスタート出来たのだから。


やっと弱い自分から抜け出せたのだから。


それくらい許してくれよ。



俯く彼女を見て、思う。




「それでさ、」




旭奈次第なんて言ったけど、やっぱりどうしてもそうじゃないと嫌なんだ。


我儘だと分かってはいるけれど、チャンスをくれたっていいだろう?


無気力な俺がこんなにも想いを伝えているのだから。



そう思うとぺりぺりと、今まで意地を張っていたことが簡単に剥がれて、本当の俺が曝け出されていくような気がした。



そして俺は小さく息を吐き、言う。




「よかったら、これからも一緒に帰りたいんだけど」




勿論友達として。



震えそうになる声を決してばれないように必死に、必死に抑えて言えば、旭奈は少し驚いてから、




「当たり前だよ」




照れたように笑ってまた二人並んで夕陽のさす帰路に就いた。



その帰り道は妙に暑くて、蝉の鳴き声が煩いくらいによく聴こえた。

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