貴方の恋は叶えない

黒中光

貴方の恋は叶えない

 わたしは五十嵐琢磨が好きだ。

 サッカー部のエース。爽やかなイケメンでありながら、それを鼻にかけず誰にでも気さくに話しかける。当然、学校では女子から一番注目される存在。学年でも目立つ女子が何人も琢磨との距離を詰めようとあの手この手を使っている。

 そんな中で、わたしは特別な位置にいた。

 幼なじみ。

 家が近所で小学生の頃から一緒に遊んでいた。今でも帰り道では一緒になることは多いし、腕とかだって自然にタッチできる。その度に心臓がドキドキして、頬が熱くなってしまう。

 告白とかはしていなかったけれど、誰よりも仲が良くて近い距離。わたしは得意になっていてそれだけで満足してしまっていた。

 それが仇になったと知ったのは、昨日のことだった。

 その時、下校中にお互いの部活の話をしていた。桜がポツポツ咲き始めてまるでドラマのワンシーンを歩いているみたいだった。

「日曜日に千聖ちさとと一緒に買物に行って、映画見てきたんだ。原作の小説も良かったけど、主役がイケメンでさー」

「お前ら、ほんと仲いいよな」

「もっちろん! もう妹だよ」

 千聖は一つ下の後輩だが、明るくて可愛くて放っておけない。わたしとは好みが似通っていて、話が弾む。週末にもよく買物に連れ立って、妹がいるならこんな感じじゃ無いかとさえ思う。

「じゃあさ、俺が千聖ちゃんと付合うの、後押ししてくれないかな。俺、あの子のこと前から好きなんだ」

 スウッと背中に冷たいものが走る。朝目が覚めた時みたいに、世界が味気ないものに変わる。

「……なんで?」

「その――ひと目ぼれって言うのかな。ちょっと喋っただけで、もうずっと頭から離れないんだよ」

 照れくさそうに話す琢磨は、わたしが見たことも無い表情をしていた。

 どうしてだろう? わたしは琢磨と会うとき、いつも彼に気に入られようと思って気を遣っていた。彼が好きだというタレントの服を真似たり、スタイルを良くしようと思って毎朝ジョギングをしてみたり。

 なのに、どうして一度会っただけの千聖に? あの子は制服で、オシャレも何もしてはいなかったのに――。

 自分の中に生温かくて、どろどろと濁った何かが生まれるのを感じた。嫌らしい何かが、わたしの今までを塗りつぶそうとする。

 家に帰った後も、琢磨のカミングアウトが何度も脳内で再生されて、憂鬱になった。どうして琢磨はわたしを見てくれないのか。どうして千聖なのか。

 心に澱が堪っていく。窓の外は煙っていて、光が薄汚く感じられた。

 琢磨の頼みは聞きたくない。悔しいが、千聖はいい子だ。琢磨と千聖なら、どちらも相手を思いやる素敵な恋人になれる。そうなってしまったら、もはやわたしにはチャンスが回ってこない。

 しかし、断れば琢磨はわたしを頼らなくなるだけ。幼なじみとしての立場すら失ってしまう。

 ああ、どうすれば良いのか。答えは出ない。こんな頼みを無邪気に出してきた琢磨が恨めしくなった。

 そして今日、わたしはショッピングセンターにいる。隣には上機嫌の琢磨。悩んだ挙げ句、わたしは千聖と引き合わせることを承知したのだ。

 約束の時間が迫るにつれて琢磨は目に見えてそわそわし出した。口もとは緩み、しきりに周囲を見回す姿は幸福を絵に描いたようで、見ているとこっちが嫌な人間になったみたいに感じられて、わたしは何度目かの後悔をした。

 わたしは大人っぽいスマートな装いをしていた。鏡の前で一時間かけて選んだ勝負服。初めて口紅だってつけた。

 女の意地と言う奴だ。琢磨にとって、千聖が一番であったとしても。たった一言「きれいだ」と言わせてやりたい。もしも、そう言ってくれるなら。わたしはそれを思い出にして彼がいない人生を立派に生きてみせる。

 なのに、琢磨は一言も何も言わなかった。

 琢磨は素直な男だ。思ったことは遠慮なく話す。それを知り抜いているからこそ憎たらしい。彼が何も言わないなら、何も思わなかったと言うことだ。

 千聖が歩いてくるのが見えた。ガーリーな装いが細身の身体にフィットしていて、まるでお人形のよう。そしてそれが見事に似合っていた。清純さと愛らしさが服を着て歩いている。その素晴らしさは、道行く人々が振り返るほど。

 女同士だからこそ、それがわかってしまう。きっとあの子も琢磨との逢瀬に胸をときめかせて時間をかけて服を選んだに違いない。

 ダメだ。あれには勝てない。嫌でもそう気付かされてしまう。

 隣にいる琢磨は目を輝かせている。彼の顔は彫像のように整い、晴れやかな笑みが浮かんでいる。

 こうして、隣にいるのもこれが最後。

 そう思うと、自分の中に熱い炎が吹き荒れた。

「ねえ、琢磨」

 熱に浮かされたまま、声をかける。

 いけない、いけない。――振り向いた琢磨の首に腕を回す。

 嫌われる、恨まれる。――無防備な唇を奪う。

 琢磨の肩越しに、千聖が呆然と立ち尽くしている姿が見えた。

「気の置けない幼なじみ」「頼れる先輩」そんな仮面が木っ端微塵に砕ける。もう後戻りはできない、一生軽蔑され口も聞いては貰えない。

 それがどうでも良くなるくらいに、背徳的な熱が全身を駆け巡り、琢磨の唇に舌を差し入れる。

 今、彼はわたしだけのものだ。例え一瞬であっても今のわたしにはこれだけが全てだ。

 身体を押しつける。千聖が駆けだしてゆくのが見えた。琢磨が呻き声を上げた。

 これでメチャクチャ。きっと二人が付合うことは一生ない。ウレシイ。

 もうどうなっても良い。昏い昏い炎が溢れてくる。止められない。

 人生で一番熱くて、甘くて、イジワルで、破壊的な瞬間。これ以上ないくらい、はっきりと自覚する。

 わたしは五十嵐琢磨が好きだ。


 

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