第6話

 ――テンリュウ市、スラム街。とある廃墟の中。


 無事にゾウ獣人の少女を落ち着かせた後。彼女達五人を引き連れ、俺は自身が拠点としている廃墟へ戻って来た。元々狭い空間だったが、今は更に圧迫感を覚える。


 ――さて、と。まずはこいつらの警戒心を解かないとな。


 そもそもこいつらを連れて来たのは、仲間にする為だ。


 前提として、俺の目的は異世界の妻と子供を迎えに行く事。その為に日本の治安を改善したいと考えており、まずまともな拠点の入手を第一の目標として設定した。


 しかし当然の事ながら、治安を改善するのは一人では不可能だ。


 安定した統治機構。十分な法制度の整備。信頼の置ける治安維持組織。住民たちの高いモラル。充実した食料生産体制。メンテナンスの行き届いたインフラ設備。


 パッと思い付くだけでも、これだけのモノを用意する必要がある。


 一つ一つは何とかなるかもしれないが、一人で全てを揃えようと思うと一体どれだけの時間が掛かる事か。如何に俺が大魔導士とて身体は一つ。全ての作業を同時並行で進めるのは魔法を使っても面倒過ぎる。――信頼できる仲間が必要だった。


 ――そこで目を付けたのがこいつら。この獣人孤児のグループだ。


 会話を盗聴していた時、こいつらは常に仲間を想い合っていた。


 身体は痩せ細り、決して楽な生活を送ってない事が見た目で分かる。にも関わらず仲間を想って行動出来るという事は、それだけ深い絆があるという事! 俺がこいつらを襲った時も、決して誰一人逃げようとはしなかった。戦おうとすらしていた。


 ――素晴らしい! 称賛に値する勇気の持ち主たちだ。


 こいつらを……彼らを仲間に出来れば、俺の目的は前進したも同然。固い絆で結ばれた身体能力に優れる獣人の集団。――味方に引き入れたいと考えるのは当然だ。


 まあ、今は思いっきり警戒されてるけどな。さっき襲ったし当たり前か。


「こんな所へ連れてきて、一体ボクらをどうするつもりなんだにゃ!?」

「こんな所って……酷いな。一応俺が寝泊りしてる場所なんだが。――心配しなくてもいい。手荒な扱いはしないさ。実は、お前達の事を雇いたいと思っていてな」

「や、雇う? どう見ても普通の人間なお前が、獣人のボクらを……?」

「あぁ。俺は今事業を興そうと考えてるんだけどな? 人手が必要なんだ。信頼できる人手が、な。丁度いい人材を探していたら……偶然、お前達が目に付いたのさ」

「そんな事、信じられる訳ないにゃ! ボクらを騙そうとしてるんだにゃ!?」


 ふむ。やっぱり簡単に受け入れてはくれないか。分かっていた事だが。


 ……しかしどうしたものかな。このままじゃ埒が明かないぞ? 俺は別にコミュ力が高い訳でもない。ダラダラと説得を続けたところで仲間に出来る気がしないな。


 うーむ。……ん? そういえば、まだアレが結構残っていたな。


 丁度いい。アレを使って説得してみるか。

 俺一人だと腐らせるからな。勿体ない。


 こいつらは明らかに腹を空かせてる。アレの誘惑には耐えられまい。例え一時的に誘惑を凌げても、こいつらの身柄は俺の手の内。何度も繰り返せば必ず陥落する。


 勝ったな。……よし。早速アレをこっちに持って来よう!





「ふんふふんふ~ん。ふふふふんふふ~ん」


「あ、あいつは一体何をしてるんだにゃ……?」

「さ、さあ? ヤケに良い匂いが漂ってきてるが……」

「にゃあ。……わたし、お腹が空いたよぅ」

「ホー。……良い匂い。すごく美味しそう」

「我慢して、ネコミ。油断しちゃ駄目だからね」


 孤児達の会話を聞き流しつつ、ジュー! 熱々の鉄板に肉を並べていく。


 鉄板は俺作。魔法で作り上げた物。肉は赤ミノの物だ。モノノベ商会へ売りに行った時、自分用に一部を切り分けて貰った。当然、肉質は極上。一番美味しい部位。


「よしよし。これとこれはいい感じ。これは……もう少しかな?」


 廃墟で肉を焼くのは意外と楽しい。何処かキャンプ染みた風情がある。


 ただ、残念ながら今は疑似キャンプを楽しむ時間じゃない。今回肉を焼く理由はこいつらの空腹を刺激し、仲間に引き込む為。完了後であれば俺が焼肉を楽しむのもアリかもしれない。だが全員を仲間に引き入れるまでは、焼肉パーティーはナシだ。


「さて。……お前ら、焼肉を食べたくはないか?」

「……べ、別に焼肉なんて欲しくないにゃ」

「ふむ? お前の腹はそう言ってないようだが?」

「こ、これは腹の虫がちょっと歌の練習をしているだけにゃ。最近は歌にハマっているみたいだからにゃ。そのうち勝手に収まるから、気にしないで欲しいにゃ」

「そうか。まあ、欲しくないなら仕方ないな。無理に食べろとは言えん」


 どう見ても痩せ我慢だが、それを指摘する無粋はしない。

 クロネコが欲しくないと言うなら、その通りなんだろう。


「たが、残念だなぁ。そうなるとこの肉は全部俺が食べる事になる。お前達に食べて貰おうと多めに用意してみたんだが、要らないんじゃな。……仕方ないよなぁ?」


 白々しくそう口にしつつ、焼けた肉を食べる。

 もちろん、あいつらに見せ付けるように、だ。


「…………じょ、条件はなんにゃ」


 ――おっ。食い付いた。


「なんだって? 声が小さくて聞こえないぞ?」

「……ボクらが肉を食べられる条件はなんだ、って聞いてるにゃ」

「条件。条件なあ。もちろん――お前達が俺の仲間になる事だ」


 一転。見下した目付きになるクロネコ。


「……はっ。やっぱりそれが目的かにゃ。そんな見え透いた罠に嵌まる馬鹿、ボクらの中には一人もいない。お前なんかの低俗な誘惑に、ボクらが屈する事は絶対に有り得ないのにゃ! 分かったら、とっととボクらをここから解放して――」


「――なる! ネコミ仲間になる! だからそのお肉食べさせて!」

「あっ、待ってネコミ!? そっちに行っちゃ――!!!」


 弾けるように飛び出して来たシロネコ。


 物欲しそうな上目遣い。開かれた口に丁度焼けた肉を入れてやれば、花が咲くような満開の笑み。――ズキュン。見事中心を撃ち抜かれた自身のハートを幻視した。


「おいし~い! このお肉、すごくおいしいよ!!」

「ははっ、そりゃよかった。好きなだけ食べな。沢山用意してあるんだ」

「にゃあ! お肉食べさせてくれてありがとう、おにいちゃん!」


「そ、そんにゃ!? ネコミのお兄ちゃんはボクなのに……!?」


 おにいちゃん、か。初めて呼ばれたな。だが良い響きだ。

 守らねばなるまい、この笑顔。シロネコは特に幼いしな。


「そ、そんなに美味いのか? なら俺も仲間になりたいかな~、なんて」

「……ホー。どれだけ美味しいのか興味ある。仲間、ならせて」


「ウロコ!? ホーまで!? みんな何を言ってるのにゃ……!?」


 シロネコ陥落を受け、続々と後に続く孤児たち。


 ゾウだけは迷っている素振り。だが流石に空腹には勝てなかったか、或いは幼い

シロネコが俺のすぐ側に居る事に危機感を覚えたのか。結局、彼女も陥落した。


 ――そして。残ったのはクロネコだけになった。


 他は全員美味そうに焼肉を頬張っている。


 最初は小山を築く程度にあった肉。それが凄まじい勢いで減っている。今では少し大きめの丘程度。あと少しもすればそれすら無くなり、ほぼ平原になる事だろう。


 その光景を、クロネコは目を見開いて眺めていた。


「ほら、残りはお前だけになったぞ? 肉を食べられなくていいのか?」

「……わ、分かった! お前の仲間になる。仲間になるから、ボクにも肉を食べさせるにゃ!? みんなが肉を食べてる中で一人だけ見てるなんて、酷い拷問だにゃ!」


 よし、最後の一人も陥落!


 すぐに焼肉を盛った皿を渡せば、クロネコはガツガツと食べ始めた。マナーも何も無い獣のような食べ方。それだけこいつの空腹が限界だった、という事だろう。


 そんな中でも仲間を守ろうと耐えてたんだ。凄い奴だよ、こいつは。





 ――一時間後。持ってきた肉は綺麗さっぱり消えてなくなった。


 辺りには満足そうに腹をさする孤児達。約一名苦しそうだが、あいつは我慢した分一気に詰め込んでたからな。多分その反動が来たんだな。……誰とは言わないが。


「よし、食べ終わったな? じゃあお前ら! ……風呂、入ろうか!」


 今まで我慢してたが、もう限界だ。纏めて綺麗になってもらうからな!!!

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