第5話

 ――テンリュウ市、スラム街。寂れた街の中。


「……んん? 後ろから追ってくる気配があるな?」


 支払いは後日。そうハルカに言われ一旦拠点へ帰る事にした俺。先に一ヶ月分の生活費だけ受け取り、後は売れてから差額を支払って貰う事になった。……のだが。


 モノノベ商会からの帰り道。俺は誰かに尾行されている事に気付いた。


「尾行者は五人、か。素人だな。気配を隠すのが拙すぎる」


 尾行しているのは恐らくあまりこの手の経験がない集団だ。


 一応隠れて行動してはいるが、気配が駄々洩れ。というより跡を追う事ばかりに意識が向いて、肝心の自身を隠せていない。時折偶然を装って背後に目を向ければ、チラチラと姿が確認できる。あれで本当に隠れられていると思っているのだろうか?


 ……まあ、なんとも残念な連中だ。脅威度は低い。


「まあ、姿は確かめておくか。――“水面鏡よ、隠れ潜む者の姿を見せよ”」


 正面に水の塊が出現。薄く広がり、水面は鏡のように俺の姿を写し取る。しかしすぐに消え去り――場面は後方。俺の跡を付けてくる追跡者達の姿を映し出した。


「こいつらは……獣人の孤児グループか? かなり痩せているな」


 跡を付けているのは、俺と同じ孤児の集団だった。


 ネコっぽい子供が二人。ゾウっぽい子供、トカゲっぽい子供、フクロウっぽい子供がそれぞれ一人ずつ。リーダーは先頭を歩いているネコっぽい少年だな。黒毛の。


 ダンジョンの影響で獣の要素が混ざった人間――通称“獣人”。


 ダンジョン発生初期から現れ始めたみたいだな。獣の特徴が混ざっているだけあって通常の人間より身体能力が優れていて、戦闘ではかなり有利に立ち回れるとか。


 ただし大部分の人間からは受け入れられなかった。……当然だな。


 当時はダンジョン発生の影響で大混乱だったらしい。そんな時期に自分達とは違う姿の人類が現れたんだ。ダンジョンと結び付けて考えるのは当然。むしろ、彼らこそこの事態を引き起こした元凶だと考え、かなり激しい迫害が行われたらしかった。


 今でこそある程度は受け入れられたが、それでも未だ確執は残っている。


 こいつらはかなりハッキリと獣の特徴が出てる。その所為で、スラム街の中ではあまり良い扱いを受けていないんだろう。見るからに痩せ細ってしまっている。


「ふぅむ。どうするのが正解かな。とりあえず話を聞いてみるか?」


 もちろん直接話を聞く、なんて馬鹿な真似はしない。

 魔法を使い、こっそりと彼らの会話を盗聴するのだ。


「“水面鏡よ、彼らの声を我が元へ運べ”」


 よしよし。これでこいつらの会話を聞く事ができる。

 さあて? 一体どんな会話をしているのかな、っと。


『なあネコタ? あいつは本当に五千万を持ってるのか? シャー』

『間違いにゃい。確かに聞いたんだにゃ! あいつが真っ赤なモンスターを商会に持ち込んだ後、“絶対五千万”って声がしたのを! 五千万……。それだけあればボクらも一足飛びにお金持ちの仲間入りにゃ。にゃんとしても奪ってみせる……!!!』

『五千万、ねえ。そんな大金持ってるようには見えないけどなあ? シャー』


 話しているのはリーダーのクロネコとトカゲの少年。


 彼らは俺が五千万を持っていると思っているらしい。そしてそれを奪う為に跡を付けていた、と。トカゲは半信半疑で、信じているのはクロネコだけみたいだが。


「五千万、ね。……すごく心当たりがあるな」


 大方街で赤ミノを運ぶ俺を見つけて、気になって跡を付けたんだろう。あの時は周囲への警戒がだいぶ疎かだった。誰かに跡を付けられても気付けなかったと思う。


 実際、商会での会話を聞かれてる。……つーか何処から聞いてたんだ?


『ねえ、やっぱりやめにしない? こんな事。お金なら頑張って私が稼ぐわ。贅沢は無理だけど、あなた達に飢えない生活くらいはさせてあげられる筈。だから――』

『そう言ってパオ姉は倒れたにゃ。自分の食事を切り詰めた所為で。あんな思いをするくらいにゃら、ボクは他人から奪う事を選ぶ。“人から奪うのは悪い事だ”ってパオ姉は言うけど。それが家族の命より大事な教えだとは、ボクには思えないにゃ』

『…………っ! ……そう、ね。家族の命は、大切だわ』


『あんまり重く考えたって仕方ないと思うけどなあ。シャー。これまでもなんやかんやどうにかなったんだ。これからも案外なるようになるもんさ。なあ、ネコミ?』

『にゃあ? みんなが笑顔なら、わたしは嬉しい、よ? にゃあ』

『おお、その通りだ! 良い事言うなあネコミは! ホー、お前はどう思うよ?』

『……ホー。このままで問題ない。最終的には上手くいく』

『ホーがそう言うなら大丈夫だな! お二人さん、そう言う事だ。身内で言い争ってたって仕方ない。とりあえずやってみようぜ? 失敗したらその時はその時だろ』


『……そうね。ごめんなさい、ネコタ。あなたの覚悟に水を差してしまって』

『いいにゃ。元はと言えばボクらがパオ姉にばかり苦労を掛けてる所為だから。ボクの方こそごめんなさいにゃ。せっかくの教えをこれから台無しにしようとしてる』

『いいのよ。むしろ私は嬉しいわ。家族想いの優しい子に育ってくれたのね』

『な、撫でるんじゃないにゃ!? ボクはもうそういうのは卒業したんだにゃ!』


『よーし! 話も纏まった事だし、いっちょやるか! ネコタが聞いた通りならあいつは五千万持ってるんだろ? ならさくっと奪って、金持ちになってやろうぜ!』

『にゃー! ウロコの癖に仕切るんじゃないにゃ!? リーダーはボクにゃ!』


 ……………………。


 ふーむ。……うん。欲しいな、こいつらの事。


 よし。向こうも手荒な手段で俺から金を奪おうとしてるんだ。こっちも少しあいつらを驚かせてやろうか! ついでに、あいつらを纏めて拠点に攫ってしまおう!





 ――テンリュウ市、スラム街。人気のない路地裏。


「にゃ!? あいつの姿が消えたにゃ! いったい何処に行ったのにゃ!?」

「おかしいな。あいつがこの路地裏に入ってから一分も経ってないぜ? 身を隠せそうな場所も特に見当たらない。なのに姿が見えないって……どういう事なんだ?」


 魔法で姿を隠す俺の前に、孤児グループがやってきた。


 身を隠せる場所が何処にもない路地裏。不自然に消えた俺を探して、クロネコとトカゲがキョロキョロ周囲を探している。そんな事をしても俺は見つけられないが。


「きっと私達の尾行に気付いてたのよ。だから撒かれたんだわ。考えてみれば、追っている最中もやたら変な場所ばかり通っていたし……。みんな帰りましょう? 姿が見えない以上、尾行は出来ない。警戒もされるでしょう。だから今回はここまで」

「仕方ない、か。……くっそー! 見てみたかったなー、五千万!」


 諦めの早いゾウとトカゲ。

 二人に促され、フクロウとシロネコも早々に帰ろうとする。


 しかしクロネコだけは未だ周囲を探していた。


「絶対、絶対まだこの辺りにいるはずにゃ……! 必ず見つけてみせるっ。五千万を手に入れられれば、もうみんなが空腹に頭を悩ませる事は無くなるにゃ……!!!」


 必死に辺りを探すクロネコ。周りへの注意を疎かにして。


 ――その背後から、俺は気配を殺して近付いた。


「にゃ? ――に゛ゃ゛あ゛!?」

「“雷よ、通れ”」


 倒れるクロネコ。ビリビリと毛が逆立っている。


「ネコタ!? てんめえぇえええッ!!!」

「待ってウロコ! 迂闊に近付けば――!」


「――あぁ。迂闊に近付けば雷の餌食になるな」


「シャーーーーー!? し、しびびびびび!?」


 トカゲもダウン。残るは三人か。


 ゾウは俺を警戒していて、シロネコは怯えている。フクロウは……、フクロウはなんなんだ? 家族を倒されたのに、目の中に負の感情が見えない。どういう事だ?


 まあいい。気にしたって仕方ない。今は先に――


「パオ―ン!!! 私の家族にこれ以上手を出さないでっ! まだ危害を加える気なら、私が相手になるわ! ゾウ獣人のパワー、舐めたら怪我じゃ済まないわよ!?」

「大丈夫だ。俺も子を守るゾウを相手にする気はない。少し話をしようか?」


 ――この興奮したゾウを落ち着かせよう。話はそれからだ。

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