トリかえっこしましょうか?

うめもも さくら

私も?女だ男だ、一番大騒ぎしてるのはどちらだよ?

 今の御時世ごじせい、男だ女だということはナンセンス☆

 ジェンダーレスの世の中ですから。


――これで全ての人間が性別を気にせず幸せだろう?


 女だから家事をしろ?男だから女を守れ?

 女が目を潤ませて顔を赤らめたら性的?

 男が女性について語ったらセクハラ?

 同性からの好意は無下むげにするな、受け入れろ?

 異性の恋愛は古臭ふるくさい?

 こういう思想こそ時代遅れ?

 どんな発言も、誰一人傷つけないように注意して?

 もし一度でも間違えれば。

 誰かに目をつけられれば。

 私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私もわたしもワタシモワタシモWATASIMOwatasimo……


――ねぇ、今、全ての人間が性別を気にせず幸せ?


――君は今、幸せ?


 トリがニタリと微笑わらってみせた。



 桃の節句が近づく頃。

 一人の母親が雛人形ひなにんぎょうの売り場を歩いている。

 そんな母親の背中を、その母親の娘が追う。

 としの頃、まだ小学生にも満たない少女の足取りは、せわしない。

 その時、少女は自身をみつめる雛人形に、パッと目を輝かせた。

 そして少女は足の疲れも忘れて、その雛人形の座る雛壇ひなだんの前まで近づき、母親に笑いながら声を掛ける。


「おかあさん、みて。おにんぎょう、きれいだよ」


 娘の声に、母親は一瞬だけ足を止めてから、ちらりとそちらを見やる。

 その母親の表情は、なんとも忌々いまいましそうに見えた。


「気持ち悪いわね。早く行くわよ。今日買うのは、特注とくちゅうだから、ここにはないんだから」


 そう言うやいなや、また母親は歩き出してしまう。

 娘はそれでもその雛人形に微笑ほほえみかけて、うっとりとした眼と声音で夢を語る。


「きれい……おひめさまみたい。わたしもね、おひめさまになりたいんだぁ。えほんでみた、おひめさま。かっこいいおうじさまとね、けっこんするの」


 幼い少女の愛らしい夢のストーリー。

 ほんの少し前の御時世なら、珍しくもないありふれたセリフ。

 誰も気にもとめないほど、微笑ましいワンシーン。

 けれど、前を歩いていた母親は足を止めると、目くじらを立てて振り返る。

 そのまま、ヒールの音を、カツコツ鳴らしながら娘に近づくと、その勢いのまま怒声どせいを浴びせる。


「そんな恥ずかしいこと言わないで!昔の人じゃないんだからっ!あたしがそんな教育してると思われるじゃない!!あんたはあたしに恥をかかせたいの!?」


 ヒステリックになりながら、耳障みみざわりな甲高かんだかい声で怒鳴りつける母親に、娘は萎縮いしゅくしながらも何度も謝罪の言葉を口にする。

 それでも、母親の気はおさまらないようで、乱暴に娘の手を取ると、もたつく娘の足などお構い無しに引きりながら、その場を離れた。

 鬼の形相で少女を怒鳴りつけ、力任せに引き摺っていく女の姿を、周囲の人間とともに、雛人形たちも見ていた。


 その日、女が購入したのは立派な七段飾りだった。

 五人囃子ごにんばやし三人官女さんにんかんじょ随身ずいしん雛道具ひなどうぐも、すべてが美しく飾り付けられ、誰もが思い描くであろう立派な雛壇が、そこにある。

 その雛壇の最上段、親王しんのうの立ち位置に飾られた二つの女雛めびなを除いては。


「ねぇ、どうして、わたしのおうちのは、おんなのこのほうだけなの?」


「別にいいでしょう?今どき男と女じゃなきゃダメなんて古臭いじゃない。あんただって、おひめさまみたいだぁって、気に入ってたじゃない。男の方はらないでしょ?」


「え、でも……おうじさまがいないと、おひめさま、かわいそうだよ」


「何がかわいそうなのよ?今の御時世、女同士だって恋愛できるし、女だって活躍できるんだから。女と男がワンセットなんて、そういうのは偏見へんけんっていって、意地悪なことで、やっちゃいけないことなのよ?女には男がいなきゃダメなんて、お母さんはね、あんたには、そんな古臭い考えの弱い子になんてなってほしくないからね」


 まだ何かを言いたげな少女を、女は雑な言葉で押さえ込み、力任せに振りかざした立場で、ねじ伏せるように黙らせる。

 女はそのまま、うつむく少女を置いて、さっさと部屋を出ていった。

 バタンと扉が閉まる音を後ろに聞きながら、少女は、悲しみの色で染まった瞳で、空虚感くうきょかんただよわせる立派な七段飾りを見つめていた。


『どちらが偏見なんだろうね』


 突然、耳元でささやかされて、少女は一瞬だけ肩を震わせてから、キョロキョロと辺りを見回す。


『だれが意地悪なんだろうね』


 そう言いながら、バサリと羽を広げてみせたトリを見て、少女は目を丸くする。


「とりが、しゃべってる」


『そりゃ、しゃべるよ。あたしは、お喋りなトリだからね』


 さも当然というような口ぶりで言葉を返された少女は、戸惑いつつも、なぜか納得してしまった。


「わたし、とりとおはなししたの、はじめてだよ」


『そうかい、そりゃぁ、あんたの周りにゃ、無口なトリしかいなかったんだね……あとあんた、さっきから、とりとりって呼び捨てするんじゃないよ。あたしのほうが歳上としうえだよ、小娘こむすめ


「あ、ごめんなさい……とりさん」


『わかりゃいいよ。間違いは誰にでもあるもんさ。見た目はあたしのほうが小さいからね。でも、きちんと教えればすぐに間違いを直せる。あんたは良い子だね』


 トリの言葉に、少女は少し驚いた瞳をしてから、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 けれどすぐにその顔は、憂いの色を帯びた悲しげなものに変わってしまう。


「わたし、いいこじゃないよ。おかあさんがいつも、わたしはわるいこだっていうもん……」


 か細い声で、今にも泣き出してしまいそうな少女を頭を羽で優しく包みながらトリは微笑む。


『あたしの言葉より、あんたの母御ははごの言葉を信じるのかい?あたしはあんたの母御よりも歳上だよ?いいかい?世界は広いんだ。あんたの母御の言うことの全てが、全ての正解じゃないんだよ。幼いあんたにとって、この世界が全てかもしれないがね。外に出りゃ、いろんな世界が広がってんのさ。嫌になるほどね。いろんな生命がいて、いろんな本能があって、いろんな思想があって、いろんな文明があって、いろんな文化がある……あたしの言ってること、ここまではわかるかい?』


 少女は難しい顔をして、しばし考えてから、きっぱりと首を横に振った。


『うん、だよね。あんたにはまだちょいと、難しい言葉を使っちまったからね。ごめんよ』


 素直に謝るトリに、少女は慌てたように首を、ブンブンと横に振った。


『つまりあたしの言いたいことはね……』


 トリはゆっくりと少女の頭を放し、バサバサと羽をはためかせて、女雛の上に立つと、言った。


――君は今、幸せ?


 トリがニタリと微笑ってみせた。


 少女は、自身の心にある答えに戸惑い、困ったように俯いてから、呟いた。


「……しあわせじゃない……」


 トリは満足そうに微笑ってみせた。


――トリかえっこしましょうか?


 トリが女雛を掴むと、ポイッと放り投げ、重い女雛が宙を舞う。

 それをいとも簡単に口にくわえたトリは、急かすこともなく少女の答えを待つ。

 少女は俯きながら、コクンと首を縦に振った。


――トリかえっこしましょう……


 トリがニッコリと微笑ってみせた。



 世界は何も変わらない。

 異世界になったわけじゃない。

 今の御時世も風潮ふうちょうも、何一つ変わりはしない。

 でも、少女は笑っている。

 今の少女に、あの時と同じ問いかけをすれば、彼女は自信を持って答えるだろう。


「いま、とってもしあわせだよ」


 夢のストーリーが叶うかはわからない。

 彼女の望む王子様が現れるかはわからない。

 将来、彼女が異性を好きになるかすらわからない。

 それでも、彼女は今を生きている。

 古臭いなんてラベル、誰が彼女に貼れるだろうか。

 弱いなんてレビュー、誰が彼女を判じれるだろうか。


 彼女はこれから、自身で幸せを掴み、幸せを与えていく。

 押し付けるではなく、手を差し伸べる。

 放置でなく、見守る。

 干渉ではなく、理解する。

 母親が優しく微笑んだ。


 トリがしたことは些末なこと。


――トリかえっこしただけ。


 親って難しいものね。

 女雛が優しく微笑んだ。



 トリかえっこした母親を語るのは、またいつか。

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