貴重な研究

考えたい

貴重な研究

 ある日の昼下がり、物理学科の大学教員であるF氏が大学構内の廊下を歩いている時、「とうとう成功したぞ!」という叫び声が丁度真横を通っている研究室の中から聞こえた。

 その部屋は何を研究しているのか、そして何故大学から研究予算が下りているのかかよく分からないM教授の研究室であった。

 以前から研究内容を聞かれても「これは貴重な研究だ。」としかM教授は繰り返しておらず、F氏は「研究途中は誰にも知られたくないのだろうか?」と思っていたので、「完成したなら聞いても良いか」と思いM教授の部屋を叩いた。

「M教授、失礼します。」

「おお、その声はF君じゃないか。済まないけどこの部屋に入れるわけにはいかないのだ。何せ貴重な研究が完成したばかりなんだ。」

「教授、良い加減に教えて貰えませんかね?その貴重な研究とやら、自分を含めた同僚達や他の教授の方々も熱心に知りたがっておりますので。」

「いや、これは人に教えるわけにはいかんのだ。何せ自分にしか出来ない貴重な研究だからな。」

 その後もF氏はM教授と押し問答を繰り返したが、結局頑なに教えてもらえなかった。


 数日後、M教授は珍妙な張り紙を大学構内のあちこちだけでなく、大学所在地の市内各所に張り出した。


『ゴミ捨てにお困りではございませんか?どのようなゴミでも構いません。もしございましたら大学の廃棟にお寄せください。また忙しくて大学まで捨てに来れない方はM教授にご一報ください。回収にお伺いします。』


 それだけでなく、大学構内をはじめとして市内各地で精力的にゴミ拾いをし出したのだ。

 今まで研究狂でこういった類のボランティアのボの字も無いようなM教授なだけに、この張り紙に衝撃を受けたのはF氏を始めとする大学教員達であった。

 そしてとうとう『M教授は研究のしすぎでとうとう気が触れてしまい、一周回ってただの善人となってしまったのだ。』という噂まで広がり始めた。

 文学部でフランス哲学を研究する教授は「アンガーシュッマンに目覚めたのは喜ばしい限り。」と別にフランス哲学をM教授に布教したわけではないのに勝手に感極まり出す。

 そして更に驚く事にそれらの活動は三年に渡り続けられたという事である。

 その間にたくさんのゴミが大学に寄せられ、どういう訳かM教授がその全てを処理してしまったのだ。

 最初のうちは市民からも「どういった方法で綺麗さっぱり処理しているのか?」という疑問を寄せる人も多かったが、結局便利であり尚且つ市のゴミ処理費用を削減した事で他の行政サービスが充実したこともあり結局最終的には興味を持つ人は殆どいなくなった。

 ところがある日、F氏はM教授の研究室の鍵が偶々空いているのを目撃した。そして以前から抱いていたが最近は忘れていたM教授の研究に対する興味が再燃した。

 そして扉を開き、研究室の中に入った。

 ポチりと壁にある電気を付けた。

 天井に付いている蛍光灯がパラパラ点灯し、明るくなる。

 ところが部屋の奥の方の隅では、電灯の明るさの割に大変暗い。それどころか漆黒の空間が広がっていた。

 そこに興味を持ち近づいてみると、どんどん周辺が暗くなっていく。

 よく見るととある機械の中が漆黒の源となっているようである。

「……これは……一體?」

 ところが人間の好奇心とは恐ろしいものである。F氏はその機械を弄り始めた。

 ところが興味の赴くままにガチャガチャ弄ったせいか、とうとう機械が変な唸り声を上げてしまった。

「ヤバっ。」

 そう思った時にはもう既にお寿司……いや遅し。

 機械の中で生成された人工ブラックホールが太陽系やその周辺の天体全てを呑み込み、宇宙にまた一つブラックホールが出来上がったのだった。

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貴重な研究 考えたい @kangaetai

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