第31話 東部戦線

夕陽の差す王都東門から王国東部へと馬車は出発した。

私とブロッサムと共に荷車に座る少女は、少しずつクッキーを食べており、数十本のジュースの瓶とケンリュウがクッキーの大半と交換にした大盾も無事積まれている。

荷物が多いので速度が出ず、この速さだと、戦地まで3日くらいはかかるなと思っているとブロッサムが

「王都で早馬を団長に走らせました。迎えが来ると思います」

「……それは助かるね」

ならば迎えの到達まで1日というところだろう。

「王妃様と会ったとか」

「ああ、お元気そうだった」

「……ローズ姫のことですか?」

ブロッサムは、ポーラの手綱を引くチャスルと談笑するアダムを横目で見てから言ってくる。

「残念ながらそうだね」

意外な勘の良さに驚いていると、彼女は額に汗を滲ませ

「……あの、アダムと結婚とかでは……」

突如大外しをして、少し安心する。

「諦めさせ、別の相手を見つけろとのお達しだよ」

ブロッサムは汗を拭うと

「そ、そうですか。私もお手伝いします」

「お互い戦場で生き残ってからにしよう」

彼女は真剣な眼差しで頷いた。


夜中には王都から離れたクーラルという商業都市へとたどり着く。

クッキーとジュースで満腹の少女は日暮れから寝たままだ。

灯火が煌々と照らす街の馬車停泊所付きの三階建て宿屋へと入り、三部屋取ると、寝ている少女はブロッサムに任せた。

私は狭い一人部屋で、チャスルとアダムは相部屋にしてもらった。

あえて、今後のことは考えずに寝ることにする。


翌朝早くに起き、皆と出発の準備をしてから、晴天の下、再び東部に向け進み出す。

ポーラが引く荷車は徒歩よりは速いが、走るよりは遅いという速度で、私は青空を見上げる。


今回の戦場はかつて私がタオ将軍と戦ったクラーク河より西側だ。

そう、あの十年程後、共和国将軍、精霊付きのヴァシルは河を越え、クラーク河西岸の一部を要塞化してしまった。

私は現在の東部戦線には従軍しておらぬので詳しくは知らないが、威勢の良いことを言って東部戦線を王から任された第二王子は、ヴァシルに手も足も出ないというのが実態らしい。

とは言え、不遜なことを言えば、経験不足にしてはよく保っている方だとは思う。

隙があればとっくに大敗しているはずだが、そのような話は聞こえてこない。

とりあえずは戦場の実態調査からするつもりだが、その時間があれば良いが。

マルバウ王子が暴発しないのを祈るのみだ。


「うわー!跳ね橋!船!あれお菓子屋!?」

少女は知らない光景に感動したり、荷車の上からチャスルとアダムに絡んだり、黙り込んでいるブロッサムにわざわざ話しかけてみたりと忙しい。


昼食を挟み東へと道なりに進み続け、揺れる荷車の上でウトウトしていると、西日に照らされて起きる。寝ていたようだ。

もうこんな時間か、本当に呑気な旅行の様だなと思いながら、荷車の上で寝ている少女や東側を眺めているブロッサム、相変わらず歩きながら談笑し続けるアダムとチャスル、疲れを見せない大柄な黒馬ポーラの様子を確認していると

「トーバン様、団長が自ら来ました」

そう言ったブロッサムが見ている方向から、確かに砂煙が見える。

十騎と言う所か。


突出して近づいてきた先頭の騎馬の馬上から、カートが荷車に飛び乗ってくるなり

「トーバン!トーバン!会いたかった!」

抱きついて頬ずりしてきた。

ブロッサムの胡乱な目線に気付いた彼女は

「……ブロッサム。ご苦労。助かった」

そう真顔で言いながらも回した両腕を離そうとしない。ブロッサムは黙ってカートが乗ってきた騎馬に飛び乗ると、追いついてきた馬と馬車に乗った傭兵達に

「ブロッサムだ!この荷車を黒馬から離し、荷物を分けて陣地まで輸送してくれ」

傭兵達はテキパキと指示を実行し始めた。

チャスルはポーラに乗るとアダムに

「王国の話面白かった」

アダムは黙って頷き、荷車に乗り込んで来て

「俺はこの子とあっちの馬車に行きますね」

私が何か言う間もなく、寝ている少女を抱え傭兵達の馬車へと乗り込んでいった。

傭兵達により、ジュース瓶も均等に別の馬車と分けられ、軽くなった我々の荷車は、傭兵達が繋いだ大柄な馬が軽々と引き始めた。


「トーバン……あたい……」

感極まったカートは相変わらず離れない。荷車は車列の最後尾で傭兵達が気を使ってできるだけ我々と離れているのが分かる。

カートは小声で

「もう、もう辞めたい……司令部に無能しか居ない」

「そんなに酷いのかね?」

カートは黙って頷くと

「今朝は突撃しようとしたマルバウ王子と、それを諌めたスグモ王子が大激論してたって……あたいは病気を装ってるから見てはいないけど」

私は少し息を整えてから

「勝ち筋はありそうかな」

カートは残念そうに

「……無いね。このままで話して良いかい?」

「頼む」

カートは私に抱きついたまま、戦場の配置を説明してきた。


クラーク河西岸に南北3キロメートル、幅1キロメートルに渡り要塞が築かれ、その地点から5キロメートルの幅があるクラーク河の東岸と繋がっている浮き橋の橋頭堡として、もはや崩せない堅固なものとなっている。

王国軍は要塞から7キロメート西の小山に陣地を築き滞陣中である。

この2ヶ月、第二王子の指揮のもと、4度、河上の北側へと回り込み、1万の兵が乗った船で浮き橋や要塞後部へと奇襲をかけようとしたが全て阻まれ、火矢で的確に応戦されるなど失敗していて、必ずその直後を狙って共和国軍は要塞から西へと出撃し、少しずつ陣地を広げて行っている。


カートは第二王子に要塞への傭兵団主体の決死隊の潜入と、船での河上からの侵攻、そして要塞西部に広がる陣地への攻撃という同時侵攻を何度も提案したが全て却下された。

「……共和国軍は多めに見積もっても2万ってとこだ。王国軍は増援含めて10万も居る。間違いなく同時侵攻すれば要塞は落とせるのに……スグモ王子は失敗を恐れて1万以上の軍は出撃させない」

「デリングは居るのかね?」

カートは私の言葉に少し黙った後

「……別の隊員と組ませてバルボロス監視任務で帝国にやってたはずなんだけど、昨晩、自分から陣地に来た。あいつ、バルボロスじゃなくてあんたを監視してるね」

私は苦笑いする。私と再び組む機会を狙っていたようだ。よほど前回の戦が楽しかったのだろう。

「マルバウ王子の健康状態は?」

「良いね。でも頭は前よりイカれてる」

予想通りだ。私は大きく息を吐く。

「つまり、現状のままだと1万の軍で2万の守備側を破らねばならないのか」

隙が無い要塞や城を破る場合、最低でも守備側の5倍は戦力が必要なので、つまり、不可能ということだ。

「そういうことだよ。しかもヴァシルの陣地構築はやたら上手いから個の力で押すことはできない」

アダムやカート、ブロッサムが使えないということだ。

既に上中下の3つの策が思い浮かんだが、まずは現地を視察してからだろう。

上手くいけばタオ将軍との戦いほど血みどろにはならぬはずだ。


上中下策のうち、上策の参考にするため

「東部戦線の南北の状況は?」

カートに尋ねる。第二王子軍の陣地がある場所は、東部戦線で言えば中央部にあたる。

彼女はため息を吐くと

「北部は一週間前にローズ王女領まで五千の共和国軍に押し込まれてる。家宰のゲオルグさんが後退した守備兵をまとめ、山岳地帯でゲリラ戦を展開して共和国軍を凌いでる状況だね」

私は苦笑いが漏れてしまう。

主力をヴァシルに釘付けにされている隙に北側を押されているのか。

モーリ王女に貰った地図より既に状況は悪いようだ。橋や家々も破壊が進んでいるはずなので、ビョーンが聞いたら悲しむだろう。

「南部は?」

「悪くない。三千人規模で防いでる。どうやら共和国には南北同時に別働隊を動かせるほど戦力が無いようだ」

そう言った後、小声で

「スミス家の孫の指揮だけど、裏で祖母のミナ退役将が指南していると噂がある」

「あの人も戦が好きだな」

前王の時からの宿将で、もう八十半ばのはずだ。会ってみるのも良いかもしれない。

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