第35話

 紗都はすぐさま帰りたくなった。だが、それを実行するのもまた後日にいたたまれなくなりそうだ。

「那賀野さん、着物で来てくれたんだ!」

 明るい声が後ろから響いた。

 振り返るまでもなく、千与加だった。


 隣に並んだ彼女がコートを脱ぐ。黒いニットには白兎が手鞠てまりとともに描かれ、黒いスカートには赤い牡丹の花が咲いていた。

「先輩に合わせて和風なんですよー。ってどうしたんですか?」

 硬直している紗都と周囲の目に気づき、千与加が言う。


「だって、着物を着てくるなんてさあ」

 マウントさんがくすくすと笑う。

「私がリクエストしたんです。それに私も和っぽい服着てるんですけど」

 千与加がむっとして言う。


「それは和風の洋服じゃん。着物じゃないし」

「なになに、もうケンカしないでよ、ふたりとも俺のためにおしゃれして来てくれたんだ?」

 チョモヤさんがとりなすように言う。

 だが。


「違います!」

 反射的に否定してしまった。

 直後に、ジョークで濁してくれようとしたのに、と気づいて紗都は青ざめる。


「すげえ否定されてやんの!」

 マウントさんがまぜっ返して、チョモヤさんは恥ずかしそうに、はは、と笑う。


「でもさ、気合いれて振袖なんか着てさあ、目当ての人でもいるわけ?」

 マウントさんが言う。

「そういうのセクハラ!」

 千与加がすかさず返す。


「那賀野さん、年下の谷部さんとばっかりつるんでるよね。同年代と仲良くできないタイプ? 精神的に幼いんじゃない?」

 にやにやと言うマウントさん。


 確かに最近仲良くしているのは黎奈とか千与加とか、年下ばかりだ。

 やはり自分は実年齢より精神的に幼くて、だから年下としか仲良くできないのだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。ちゃんと同年の友達だっている。最近は連絡をとっていないのだけど……。

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