第34話

 タレを整えてから帯を右回りにぐるっと回し、適度な位置に持っていく。

 帯上げの中の仮紐だけを先に結んで帯の中に隠したあと、帯揚げを見栄えよく結んで整える。

 帯板をぐいっと帯の間に差し込み、鏡を見て最終チェックをする。


 深緋こきあけの地の着物に菊の古典柄がかわいい。帯はボタニカルな柄の緑色。帯締めは黄緑にして、帯留めは雪の結晶を象ったブローチで代用。帯揚げはクリーム色だ。半襟はクリスマスツリーの絵柄のついた端切れを買ってきて手作りしたものをつけていた。かんざしは最初に決めたとおりに氷の結晶だ。


 いつになくうまく着こなせた気がする。

 よし、と声をだして自分に合格をあげて黒いケープを羽織った。



「なんで振り袖?」

「成人式は来月だよね?」

「でも振袖って萌える~」

 ひそひそ話が聞こえてきたのは電車に乗ってからだった。

 紗都がちらりと見ると、女子高生くらいの子が慌てて目をそらす。


 あの子たちは着物がイコールで振り袖なんだ、とちょっと微笑ましい。そろそろ成人式の振り袖で頭を悩ませたりするのだろうか。

 黎奈なら「振り袖じゃなくて袷だよ」と声をかけそうだ。袷は秋から春にかけて着るもので、今着ているのはその中でも小紋という種類のものなの。振り袖は第一礼装だから正装なんだけど、小紋は普段着の位置付けで……。


 滔々としゃべるさまを想像すると、なんだかそれだけで笑えてくる。きっと彼女らは目を白黒させてドン引きするに違いない。


 電車を降りて会場となっている居酒屋に到着すると、店員に会社名を告げる。

 座敷に案内された紗都は、どきどきしながら声をかけた。


「お疲れ様です」

「え、那賀野さん、本当に着物で来たんだ!?」

 メガネの同僚女性の声に紗都は顔をひきつらせた。

 周囲の人の目が一斉に紗都を向く。


「普通、着物で来る?」

「気合入り過ぎ」

「そんな目立ちたがりだったの?」

 笑いながらひそひそと交わされる会話に、紗都の顔からどんどん血の気が引いていく。

 やっちゃった。社交辞令を真に受けちゃったんだ。

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