今日も着物日和

またたびやま銀猫

第一話 着物で風鈴まつりに行って着物警察につかまった話

第1話

 終わったあ!

 定時の五時を迎え、那賀野紗都ながのさとは心の中で叫んだ。

 一日中パソコンで作業をしていると体が固まってしまう。うーん、と伸びをすると、腕も背筋も伸びて気持ちが良かった。

 金曜日に定時で帰るなんて久しぶりだ。夏の今はまだ明るくて、退社に背徳感すら覚える。


「今日は終わりですか?」

 パソコンの電源を落として帰り支度を始めると、隣の席の後輩同僚、谷部千与加やべちよかが声をかけてきた。ボブカットの元気な女性で、休憩時間には雑談をする仲だ。


「たまにはね」

「いいなあ、私は残業ですよ。あ、手伝えってことじゃないですよ。いつも助けてもらってるし、今日はひとりで頑張ります」

「そっか、頑張れ!」

 励ました直後、紗都は少し首を捻った。


「人間ってどうして励ますんだろう」

 きょとんとした千与加を見て、やっちゃった、と紗都は焦った。自分はたまにこういうことを言ってしまう。

「本能みたいなところあるよね。原始時代から集団生活してるからかな? 仲間が食料を獲って来てくれたら自分のためにもなるから」

 慌てて付け足すと、千与加は面白そうに笑った。


「原始時代を持って来るところが面白い!」

 良かった、笑ってもらえた。ほっとして紗都も笑った。

「土日は遊びに行きたいなー。那賀野さんはどっか行ったりします?」

「明日は風鈴祭りに行くの」

 答える声は自然と楽しげになっていた。


「もしかして一緒に行くのは好きな人だったりして」

「好きって言うか、ずっと私の憧れの人」

 即答する紗都に、千与加はにまっと笑った。


「年上? 年下?」

「年下。二十二歳で九歳下なんだけどぜんぜんそんな感じしなくて大人なの」

「そんな年下で!」


「そうなの。着物がすごく似合ってて、私に着物の世界を教えてくれた人なの」

「いいなあ、着物男子」

 うっとりとつぶやく千与加に、紗都は慌てた。

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