消える通知

わんし

消える通知

 夜の静けさを破るように、沙織さおりのスマホが震えた。ベッドに横たわりながら動画を観ていた彼女は、無意識に画面を確認する。


 しかし、どのアプリにも未読の通知はない。


「え?」


 通知センターを開いてみても、そこには何も表示されていなかった。誤作動かもしれない。そう思いながらも、沙織は違和感を拭えなかった。


 しかし、特に害があるわけでもない。気のせいだと自分に言い聞かせ、スマホを放り投げた。


 翌朝、目を覚ますとまたスマホが震えていた。


──未読の通知が一件。


 画面をスワイプしても、やはり何の通知も見つからない。不審に思いながらも、学校の支度をするためにスマホを放置することにした。


 しかし、登校中にふとスマホを開くと、また同じ未読通知のマークが表示されている。


(バグ……なのかな?)


 そう思いながら、何気なくアプリの通知設定を開いた。どのアプリも通知を受け取る設定になっているが、履歴には何も残っていない。


 授業の合間、友人の麻美にこのことを話してみた。


「ねえ、こんなことってある?」



「んー? それ、アプリのバグとかじゃないの?」



「そうだよね……でも、履歴にも何も残ってないんだよ」



「だったらウイルスとか? 変なサイト踏んでない?」



「いや、それはないと思う」


 沙織は最近、特に怪しいサイトにアクセスした覚えはなかった。強いて言えば、SNSでちょっとした都市伝説を読んだくらいだ。


「ま、スマホ再起動したら?」



「そうする……」


 その場で再起動してみたものの、電源を入れるとまた同じ未読通知が表示された。


(やっぱり変だ……)


 不安が募る中、その日は何事もなく過ぎていった。


 だが、翌日になると、通知はさらに奇妙な形で現れた。


──「明日の朝」


 それは、通知センターに確かに表示されていた。しかし、どのアプリが送信したものか分からない。アイコンも、送り主も、何も表示されていなかった。


(なに、これ……?)


 沙織の背筋がぞくりと冷える。偶然か?


 それとも、何かの警告なのか?


 しかし、その答えを知るのはまだ早かった。


 次の日の朝、沙織は目覚めると同時にスマホを手に取った。


──未読の通知が増えている。


「え……?」


 そこには、またしても送信元不明の通知が並んでいた。


「ドアの前」



「逃げろ」


 心臓が跳ね上がる。ぞわりとした悪寒が背中を走った。


(なにこれ……?)


 昨日の通知[明日の朝]と、この[ドアの前][逃げろ]という言葉が関連しているのだとしたら……。


 沙織は息を飲み、ゆっくりと視線を玄関の方へ向けた。


 静寂が張り詰める室内。


 耳を澄ませても、何の音もしない。


「……気のせい?」


 不安になりながらも、意を決して玄関のドアスコープを覗き込んだ。


 しかし、そこには誰もいない。


 沙織はスマホを握る手に力を込めた。何かの悪戯かもしれない。でも、こんな通知が来る理由が分からない。


「……とりあえず、スマホを初期化しよう」


 そう決心し、スマホの設定画面を開いた。工場出荷状態に戻す。数分の待機時間を経て、スマホは真新しい状態に戻った。


「……よし」


 しかし、その安堵はすぐに打ち砕かれる。スマホの電源を入れ直した瞬間、画面上に浮かび上がったのは──


──未読の通知(1件)


「嘘でしょ……!?」


 震える指で通知を確認する。


──「まだ間に合う」


 何が「まだ間に合う」んだ?


 何を「逃げろ」と言っている? そして、誰が送ってきている?


 恐怖が喉を締め付け、思考が追いつかなくなる。

 どうすればいい?


 誰かに相談すればいい?


 と、その時。


 スマホの画面が一瞬暗くなり、再び点灯した。


──未読の通知(2件)


 新たな通知が追加されていた。


──「今夜」



──「消える」


 沙織は息を呑んだ。


 まるで、彼女の運命が決まっているかのように──。


 夜になった。


 沙織は布団の中で、スマホを胸に抱えたままじっとしていた。息が詰まりそうだった。


──未読の通知(3件)


 恐る恐る画面を確認する。


──「今すぐ逃げろ」


 瞬間、部屋の電気が消えた。


 「……っ!!」


 停電?


 いや、違う。街の明かりが窓から漏れている。消えたのはこの部屋だけだ。


 その時、玄関の方から


 ドン、ドン、ドン……


 規則的なノック音が響いた。


 心臓が跳ねる。


 こんな時間に訪問者なんてありえない。


──未読の通知(4件)


 震える手で画面を開く。


──「もう遅い」


 次の瞬間、ドアノブがゆっくりと回る音がした。


 「……っ!!」


 沙織は声を出すこともできず、ただ布団の中で縮こまるしかなかった。


 ギィ……


 ドアが、開いた。


 誰かが入ってくる気配がする。


 足音はない。


 けれど、何かが近づいてきているのが分かる。


 スマホの画面を見ると、次々と通知が届いていた。

──「すぐそこ」



──「振り向くな」



──「目を合わせるな」


 だが、沙織は抗えなかった。


 視線を上げた。


 暗闇の中、何かがそこにいた。


──未読の通知(1件)


 最後に表示されたメッセージは


──「さようなら」


 意識が、闇に溶けていった。


 翌朝、沙織の部屋の前には警察が集まっていた。


 異変に気づいたのは、隣の住人だった。


 夜中に「ドン、ドン」という不気味な音が聞こえたものの、しばらくすると静かになった。


 しかし、翌朝になっても沙織が部屋から出てこないことを不審に思い、管理人に連絡したのだ。


 管理人が合鍵でドアを開けると、部屋の中は異様な静けさに包まれていた。ベッドは乱れておらず、窓も施錠されたまま。まるで誰も住んでいなかったかのように、すべてが整然としていた。


 ただ、一つだけ奇妙なものがあった。


 スマホ。


 ベッドの上にポツンと置かれた沙織のスマホの画面が、まだ点灯していた。


 警察官のひとりがそれを手に取る。画面には通知が表示されていた。


──未読の通知(1件)


 何気なく開いてみる。


 「次のターゲット:あなた」


 警察官の指が震えた。その瞬間、スマホの画面が暗転し、電源が落ちた。


 部屋の空気が、急に冷たくなった気がした。


 沙織は、どこへ消えたのか?



 そもそも、本当に「消えた」のか?


 答えは、誰にも分からなかった。


──ただ一つ確かなのは


 それ以来、警察官のスマホにも、未読の通知が届くようになったということだ。


──「今すぐ逃げろ」

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消える通知 わんし @wansi

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