第14話
私は幸助の住む小屋へと向かった。
小屋の前には人だかりができており、3型がチームで来ていた。男性が担架に乗せられて小屋から出てくる。
駆け寄ってみると、男性の顔は布で覆われていた。
呆然としていると、3型の一人が静かに言った。
「この方も、重篤な病気でした。我々には治せませんでした」
小屋の中を覗いた。
ポッチが相変わらず大人しく座っていた。奥では幸助がぐったりと横になっており、担ぎ出された父の様子を見守っている。
「お姉ちゃん、今日も来てくれたんだね。お姉ちゃんを見るとホッとする」
「なぜ」
幸助は微かに笑った。
「だってほんと、天使みたいに美しいんだもの。前、お姉ちゃんは天使じゃないって言って、僕もわかっているって言ったけど、でも本当は神様のお使いだって思いたい。そう思えば、お父さんが死んでも寂しくないよ。僕もすぐ同じところへ連れて行ってもらえるのだろうから」
私は天使では――言いかけて、口を閉ざした。幸助がそういう風に思っているのだから否定することもない。
「でも僕が死んだらポッチがまた一人になってしまう……」
幸助は言って、血を吐いた
「ポッチはきっと大丈夫です。他の小屋のみんなが面倒みてくれます。私も見ます」
幸助をなだめ、抱きしめる。奏ならどんな行動を取る? どうやってこの子を助けようとする?
幸助は急に意識をなくした。
私は幸助を抱えて小屋から出ると、3型に声をかけた。
「この子を助けて下さい」
叫んでいた。野次馬が私たちを見ている。
3型は幸助の様子を冷静に観察し、脈を測っていた。なにも言わなかった。なにも言わないということは、もう手の打ちようがないということ。
幸助はやがて私の腕の中で息をしなくなった。3型が私と幸助を引き離す。
大爆発で多くの人が経験したことは恐怖だけではなく、悲しみとやるせなさが存在していたことを実感した。
小屋の中にはいつか差し出された湯呑み茶碗が転がっている。目から涙に似た温かいものがこぼれ落ちていた。
こんなものまでプログラムされていることを、憎たらしく思った。
ポッチがすり寄ってきた。私はポッチの頭を撫で、小屋を綺麗に整頓した。
その後の処理を1型に頼んだ。自分の動きがスムーズではなくなっており、今日はもう、地下へ帰ったほうがいいと判断して小屋を離れた。
地下へ戻る道を歩いていると、突然頭に衝撃を感じた。
鈍い音が響き渡り、痛みを認識する。
振り返ると、美砂が鉄パイプを持って立っていた。なにかを言おうとする前に、もう一度美砂は私を殴る。
今度は肩に痛みが走った。
混乱した。先程、仲良く話をしたのに。なにか酷いことでも言っただろうか。
美砂は息を荒くさせたまま、また鉄パイプを振りあげる。私は寸手のところで回避した。
「どうしたの」
「ずっとつけていたわ。死んだのに生き返るとか。こうでもしなきゃ気が済まない」
鉄パイプが顔に直撃した。
「ちょっと待って。どういうこと。詳しく説明して」
美砂は顔を紅潮させている。興奮しているようでなにを言っても聞く耳をまったく持たず、攻撃を繰り返してくる。地面に倒れ、体のあちこちがへこんだ。
危険を感じて私は無線で応援を呼んだ。警告音が鳴った。
「どうして怒っているのか全然わからない。おねがいやめて。ちゃんと話して」
アンドロイドとして蘇り、地下で暮らしていることが気に入らないのだろうか。それとも奏は生前、美砂に恨みを買うようなことでもしたのだろうか。
奏なら怒っている友達に対し、どう対処するのだろう。
反撃する。
「エラーです」
では美砂を落ち着かせる。
「エラーです」
抵抗せずに、されるがままになる。
「エラーです」
とりあえず謝る。
「エラーです」
助ける。
警告音がぴたりと止んだ。先程から「助ける」ということにエラーが出なくなる。
美砂をどのように助けるのか。トウキョウタワーで美砂は奏の隣で楽しそうにしていたのに、奏はその時一体なにを考えていたのだろう。思い出そうとしている間にも、美砂は攻撃をしてくる。
左腕がショートし、動かなくなった。
このまま攻撃を続けられたら、私は死を迎えてしまう。
なにか手を打たなければ。いっそのこと。いっそのこと、美砂を――
それは恐ろしい考えだった。しかし、それを考えたときも警告音はならなかった。
次の瞬間、深い暗闇が訪れた。
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