雀たちのヒナ祭り


「おやおやまぁ、おつかれですのね? まぁまぁ、一杯どうぞ」


 ピチュピチュと小鳥がさえずるような声が耳に響き、びくんと飛び跳ねて目が覚めた。目の前に、お水がなみなみと注がれた盃が置いてある。それと、雛あられに……桜餅?

 さっきまで自室のベッドで熱に浮かされていたのに、おかしなことが起きてる。


 ここはどこ、と聞き返そうとして目をあげたわたしは、驚きで絶句すると同時に全部を理解した。の前にいたのは、可愛らしい割烹着かっぽうぎを身につけた雀さん。いそいそと、給仕をしてくれている。

 見回せば、わたしの隣やその隣にも、可愛い着物を着てかしこまっている雀がいた。ということは、たぶんわたしの姿も雀なのだと思う。クチバシがまだ黄色くて、模様が曖昧あいまいで、シルエットがちょっとボフボフってしてる……巣立ったばかりの子雀ちゃんたちだ。


 昔から、熱が出たり疲れすぎて眠りが浅い夜にはよく、不思議な夢をみた。大抵がこういう奇妙な場所に紛れ込む夢。

 目が覚めてもおぼえている時と、綺麗さっぱり忘れている時があるけど、夢を見たことはなんとなくわかる。


「このお菓子たちはね、繁栄すさまじいニンゲンたちにあやかってみたのですけどね? なかなかどうして、悪くないお味でしたよ。さぁさ、ひとくちひとつまみ、おあがりなさい」


 割烹着のおばさん雀に勧められて、周りの子雀たちが雛あられをついばんでいた。そういえば、都会では雀の少子化が進んでいるって聞いたことがある。

 人間は雀からは繁栄すさまじく見えているのかな。人間の社会も少子化が問題になっているんだけどな、と思ったことは心の中にしまっておこう。


 夢の中で食事って、できるんだっけ。食べたら帰れなくなるとか、そういうことはないよね。ん――でも、帰れなくなって困ることもないん……だけど。

 子雀ちゃんたちがみんな美味しそうに食べてるものだから、わたしも思わず、我慢できずに雛あられに顔を突っ込んだ。わぁ、我ながら行儀が悪い!


 ほんのり甘くて軽い、懐かしい味わい。どこか香ばしさもあって、とても美味しい。でもやっぱりたくさんは食べれず、ひとくちつまんでお腹がいっぱいになってしまった。

 他雀ひとが顔を突っ込んだ雛あられなんて残しても、誰も食べられないだろう。食べ物を粗末にするなど、わたしは夢の中でさえ不出来な娘だった。美味しいと思ったものをぜんぶ綺麗に平らげられる娘になりたかった。

 自分が情けなくなってしゅんとしていたら、おばさん雀がえっちらおっちらとわたしの前に来てくれた。


「まぁまぁ、美味しかったでしょう? あたしらはニンゲンみたいに食い溜めなんてできませんからね、食べたいときに食べればいいんですよ。先のことなんてわからんですからね、今日がハッピーなら良しとしましょうね」


 わたしは今、おばさん雀のパリッとすべっとした翼で頭をよしよしと撫でられている。これが夢なのは確実だとして、どこまで自分の願望が反映されているのかわからなくなり、ちょっと怖くなった。

 母も父もお祖母ちゃんもお祖父ちゃんも、そんな風に言ってくれたことなんて一度もなかったから。


「春はまだ先ですけどね、節目を越えられたことがめでたいってもんですよ。ささやかなめでたいを祝う心が、ハッピーに生きるコツですよ。さぁさ、ぐいっといきなされ」


 そうだね、そうかもしれない。きっと長生きできないわたしは、健康や長寿を願われても申し訳ないだけと思っていたけど。今年の節目を越えられた、今年の誕生日に辿り着けたって思えば、幸せを感じることができるのかな。

 先のことを考えすぎず、ただ今日という日を精一杯、大切に。おばさん雀の言葉に感動したわたしは、雛あられで口の中が渇いていたのもあり、盃のお水を勧められるままぐいっと――飲み干して、それがお酒だったと気づいた。


 あ、目が、回る。


 耳に響く、ピチュピチュという賑やかな声。ぐるぐると回り出した視界に、白、ピンク、緑が、踊っている。

 意識はスコンと遠のき、夢から覚めるのではなく更なる眠りに落ちたのだった。




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