【KAC20251 ひなまつり】雀のお宿とひなまつり

羽鳥(眞城白歌)

三月三日 夜七時


 毎年この日は祖父母の家に行き、一緒に夕飯を食べて過ごすのが恒例行事だった。


 三月三日、桃の節句。通称、ひな祭り。父方の実家には代々受け継がれてきたという七段飾りの立派な雛壇があって、夜には親戚が集まり宴会を催す。

 ちらし寿司や菱餅だけでなく、お刺身の盛り合わせや日本酒も持ち寄って、遅くまで賑やかにお祭り騒ぎをする。それが恒例行事だった。


 大学の合格発表を間近に控えていた昨年はストレスと不安のせいか体調が悪く欠席したかったのだけど、お祖父じいちゃんもお祖母ばあちゃんも楽しみにしているから、と母は許してくれなかった。

 頑張って行ったものの食欲もなく、なかなか寝付くこともできず、何とかその日と次の日はのりきったものの、家に帰ってから熱を出してしまった。

 母が仕事を休んで病院へ連れて行ってくれたけど、ため息混じりに言われた「あんなに祝って貰ったのにね」という呟きが、今でも忘れられない。


「……もう七時、かぁ」


 枕元にうつ伏していたスマートフォンを確認すれば、メッセージアプリの通知が嫌でも目に入る。霞んだ視界を瞬きして照準を合わせ、アプリを開けば、思った通り母から長文が届いていた。

 今年も祖父母は楽しみにしていたこと。親戚一同が集う中、私が来なくて気まずい思いをしていること。一人暮らしは栄養が偏りやすく、健康を害しやすいので、バランス良くきちんと食べるように。などなど。その全部に返信する気力はなくて、わたしはアプリを閉じ、スマートフォンを枕元へうつ伏せた。


 ――不出来な娘でごめんなさい。

 どこの家より大きく立派な雛壇に迎えられて、両親だけでなく親戚みんなに健康と長寿を願ってもらえて、誰より恵まれた女の子、なのに。


 大学が決まり一人暮らしをすることになってから、食事と睡眠時間には気をつけていたつもりだ。

 朝早く起きてお味噌汁を作ったり、いろんな野菜料理にチャレンジしたり、品数を食べられるようメニューを工夫したり。自分なりに結構頑張ってきたつもりだったけど、虚弱体質はどうにもならなかった。

 

 目一杯料理を並べた大人たちの集まりで次々と食べ物を振る舞われるのも、酔っ払って声が大きくなった親戚たちにプライベートを根掘り葉掘り聞かれるのも、場を抜け出せない気弱な自分も、何もかもがつらくて。

 大学生になれば、家を出て一人暮らしするようになれば、――行かなくて済むんじゃないかって。思う心があったことを否定できない。

 高齢の祖父母が楽しみにする気持ちや、わたしを心配する両親の気持ちをないがしろにするようなことを考えたりしたから、きっと。バチが当たったんだ。


 本当に、狙ったように、当日、熱を出すなんて思わなかった。

 待ち合わせ予定の駅に行けそうもないというメッセージを見た母が、どんな表情を見せたかは想像ができる。

 ごめんなさい、お母さん。恩知らずな上に不摂生で、大切な恒例行事を台無しにしてしまって、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんもがっかりさせて気まずくさせて……。


 頭が、痛い。全身ガタガタと震えがくるほど寒いのに、顔と息がひどく熱くて、喉も苦しくて、涙は止まらなかった。

 既読スルーのまま、わたしは気絶するように眠ったんだと思う。




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