場所取りの翁
シアス
花見の場所取り
今は昔、場所取りの翁と言う者がおった。
野山にまじりて場所を取りつつ、よろづのことに使いけり。
季節は春。花見が盛んに行われ翁にとっては稼ぎ時でもある。
そして場所は武家屋敷。
そこで上司から花見の場所取りを命じられたお侍様のお話。
そのお侍様は、殿に出仕したばかりの新人で、以前は上司が行っていた花見の場所 取りを任せられたのだ。
「明日、花見が行われる事になった。おぬしには、その花見の場所取りをして貰いたい」
そう言って上司は大金の入った袋をお侍様に渡した。
ちょっと早起きして場所を取るだけでこんなに貰えると思うとお侍様もニッコリ。
こうしては居られないと、上司にかしこまりーと軽く返事をし早起きする為の準備の為に駆け出した。
上司の話を最後まで聞かずに。
そして翌日、日が昇る前に目覚めたお金を懐に入れる気満々なお侍様は喜びが隠せぬ浮かれた足取りで花見の予定地へ向かった。
その花見の予定地はお侍様の父親の供として何度か行った事があるので余裕余裕と足取りも軽い。
しかし、そこには縄と杭で場所を囲み敷物も完備して場所取りを完了している翁の姿が。
慌てて翁に問いかけると「お侍様。ここは既に予約が」などと返事があり。
まあ、この先にもまだ場所は有るし問題無いかと次に向かうお侍様。
しかし、次の場所に着くと先ほどの翁が先ほどと同じように場所取りを完了していた。
またまた慌てて問いかけると先ほどと同じく「お侍様。ここは既に予約が」と返事が。
その言葉を聞くか聞かない内に、嫌な予感がしたお侍様は次の場所へと駆け出しました。
なぜなら次の場所が最後であり、毎回花見もその場所で行っていたのでそこを逃すと非常にまずいからです。
どうか無事に場所取りを完了させてくださいと神様仏様と祈りますが現実は無情。
全力で駆けたと言うのに、そこには先ほどの翁が場所取りを完了させていたのです。
お侍様は息も絶え絶えに譲ってくれと頼みました。
すると翁は「お侍様。料金はこれぐいに」と。
なんとその金額は上司から渡されたものと同額。
そのお金を懐に入れる気満々だったお侍様は衝撃を受けました。
それと同時に頭に良からぬ考えが過ぎります。
こんな翁が行く先々で自分よりも早く場所取りが出来るなどと絶対におかしい。
きっと物の怪の類に違いない。
この金は儂のもの・・・・・じゃなかった、おのれ退治してくれるわ。
そう判断するとお侍様は光の速さで翁を切り捨てました。
するとどうでしょう。翁は跡形も無く消え去ったのです。
やはり物の怪の類であったかと納得しつつも、ちゃっかりと翁が準備を終えていた場所を陣取るお侍様。
そして、すっかり日が昇りしばらくすると、お殿様一行が到着し花見が行われた。
花見が盛り上がってきた所で、お侍様は先ほどの不思議な体験もといい武勇伝を語り出しました。
何度も何度も自分の先回りをする翁の物の怪を退治したと。
するとお殿様が顔を手で覆いこう言いました。
「ほほう。してその翁はこんな顔で有ったかな?」
その言葉と同時に、お殿様が崩れ落ち、先ほど切り捨てたはずの翁へと変わった。
おのれ物の怪め!殿に化けておったな?
そう判断して、刀に手をかけ切り捨てようとしました。
しかし、どうでしてなのか体がまるで石になったかの様に動かないのです。
そんなお侍様を一瞥して、翁はゆっくりとゆっくりと一歩一歩と近寄って来る。
まるで時の流れが遅くなったかのように錯覚したことで、お侍様の心に危機感が生まれました。
慌てて近くの同僚に助けを求めようとしますが声が出ません。
体が動かない中、必死に力を込めて同僚達に目配せをすると、その同僚達の顔も崩れ落ち殿に化けていた翁と同じ顔へと変わったのです。
そうして、たくさんの翁達がお侍様を取り囲む。
今まで困った事が有れば力で解決して来たお侍様も、その力を振るうことも出来ない所か何も出来ない事に恐怖しました。
そこで、みずからが先ほど翁に何をしたか思い出し、そしてこれから何をされるのかを想像すると石のように動かない体が震えます。
一度想像すると次から次へと最悪の未来が浮かび、静かに近寄ってくる翁から感じる圧迫が強くなる。
ついに、こちらを翁が掴み出した所で、お侍様は恐怖に負けて意識をてばなしてしまうのであった。
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
それとともに、頬をぺしぺしと叩かれる感覚に目を覚ますと、そこには上司がいた。
そして、何故か縄でグルグル巻きにされている事に気付く。
「心配して来てみれば、やはりこうなっておったか」
やはり?その言葉に何か引っかかりを感じたが、視界の端に翁の姿を捉えてギョッとする。
すると上司は、これこれ止めんかとお侍様を諫めて、翁へと頭を下げる。
「不幸な行き違いで、部下が迷惑をかけた。いつもより多めに包んであるので、これで許しては貰えないか?」
「お侍様。こんな事は、もう勘弁願いませ」
そう言って翁は包みを受け取ると混乱しているお侍様をよそに去って行った。
そして残された、お侍様には上司の説教が始まった。
「まったく。人の話を最後まで聞かないからこうなる。次からは、もっと慎重になるのだな」
説教が終わった所で、お侍様は翁の事を訪ねてみると、昔からこのような取引を行うのが慣例となっていた事が分かった。
それこそ上司の昔の上司から聞き、その昔の上司もさらに昔から行われてると。
面妖な術を使う上にそんな昔からいるとか真正の物の怪ではないか?なぜ退治しないと疑問に思いました。
「世の中には、どうしようもないことも有る」
そんな言葉で片付ける上司の背中は憂いをおびてましたが、今年から自分がその翁の担当になったお侍様は、もっと憂鬱な気持ちになったとさ。
それから、翁に苦手意識を持ちながら幾年か過ぎて、お侍様も出世し、この担当を部下に引き継ぐ時が来ました。
かつて上司がしたように一挙一動同じ事をすると、部下はかつての自分と同じように話を聞かずに駆け出す。
そんな部下が去った後にお侍様は、あいつはどうなるんだろうかと考えて、思わず笑うので有った。
場所取りの翁 シアス @kyoumia
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