素直に
その日の夜。修造が部屋の窓のひさしの上に座って涼んでいるとレイユが近づいてきた。
「なぁ」
「ん?」
振り返るとレイユが緊張した顔でこちらを見上げていた。
「隣、いいか」
「ん? あぁ……」
修造は少し端につめる。レイユは彼の隣にちょこんと座った。真紅のマントが夜風に揺れた。
「……オレには友達がいないんだ」
レイユがぽつりと言った。
急に始まった話に修造は言葉につまる。やっと出た言葉が。
「……ふぅん」
他人ごとのような冷たいあいづちになってしまった。
レイユは構わずに続ける。
「少し前に人間の世界で大戦があっただろう」
「……あぁ、三十年近く前の」
『少し前』の感覚がちがった。
「その時、妖怪の世界もだいぶ荒れてな。過激な思想を持った妖怪たちが人間たちの大戦に後押しされるようにして暴れ始めた。一部の妖怪だけならまだ良かったんだが……妖怪全員が二手に分かれて争いはじめた。オレも、その一人になった」
レイユの声は静かだ。
何も感じないように、過去を掘り返して傷つかないように心を押し殺しているのだと、修造はすぐに分かった。
「でも、だんだん、これはまちがってるんじゃないかと思いはじめた。それで味方していた一派のリーダーに盾突いた。これはまちがっている。戦いはやめにしよう、と」
「すげぇな……」
他の人とちがうことをするのには勇気がいる。レイユはそれをやってのけたのだ。
「でもそれは、味方にとっては裏切りの言葉でしかなかった。最後まで戦って勝つのが目標だったのに、お前は違ったのか。顔も見たくない。さんざん非難されてそこを抜けても、行き場なんてなかった。相手側はオレを敵だと思っていたし、『裏切り者のレイユ』は誰も信用しない」
これが、妖怪ではなく人間を頼ったわけか。
「結局人間の大戦が終わると同時にこちらの戦いも終わった。みんながバタバタ倒れていくのを何もできずに見るのは……」
「つらかったな」
修造はぽつりと言った。レイユを見る。レイユの瞳は傷ついていた。
「……オレも、正しいと思ってしたことが失敗したこと、あるから。わかるよ」
「え?」
誰にも話さなかったけれど、レイユなら言える気がする。同じ痛みを抱えたレイユなら。
「……仲のいい奴がいたんだ。いい奴でさ。だからだろうなぁ……『標的』になっちゃったんだ」
修造の小学校には、自分の思い通りにならないと気の済まない、みんなに恐れられている男子がいた。修造の友達は彼の標的になってしまった。
「物を盗られそうなところを助けたり、他のみんなは遠巻きに見てたけど、変わらず接したり。一人じゃないってことを知ってほしかった」
「……」
修造は何とか穏やかな表情と声を保とうとする。
真顔になれば心も深刻にとらえてしまう。傷つくのはもう真っ平ごめんだ。
「そしたら今度は俺が目ぇつけられちまって。そいつは……オレの友達は何もしなかった。なんならあのガキ大将に加担した」
集団に囲まれて殴られそうになり、修造はそのまま返り討ちにしてやった。その時に友達がいるのを見てショックを受けつつも、手を出した奴ら全員だ。
「腕っぷしは強いから、痛い思いはしなかったんだけどさ。地面に転がったあいつらや、何も言わずに逃げた友達……あれ見たらわかんなくなっちゃって」
すぅ、と意識的に息を吸う。穏やかに言って、自分をごまかそうと思っていたのに、いつの間にか呼吸が震えている。
「オレが友達って思ってても、あんなに簡単に壊れちまうものなんだなぁって。形のない
「……」
レイユが話してくれてわかった。自分たちは同じなのだ。正しいと思ったことをして、結果、ひとりになった。
レイユが、唐突に自分のことを切り出したわけ。
昼、波の音に紛れてよく聞こえなかったレイユの言葉。
その続きがわかった気がする。
だって、修造もレイユと同じ気持ちだから。
修造は立ち上がって机に向かった。
「でも、レイユの話聞いて……また思っちまった」
助けたい。レイユと関わりたい。
机の引き出しからラムネのビー玉を取り出し、油性ペンで何やら描いた。レイユにそれを放る。
「ほら」
「わっ」
レイユが目を見開いて慌てて両手でそれをキャッチした。
「ビー玉……」
「レイユがくれたのより汚くてごめんな」
レイユがそれを見て、くっと笑った。
不器用ににっこりマークが描かれている。
修造はその反応を見て頬を赤らめた。
「汚いだけのビー玉なんてもらっても困るだろ」
「そんなことはないが……ふふっ、ありがとう」
「レイユ」
修造はまだ少し赤い顔のままレイユの前に立った。
ミソラージュみたいに素直に。
「オレと、友達になってくれないか」
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