天魔激昂
猛木
地獄からの使者
時は戦いの時代。
この頃天使と悪魔間において、人類をも巻き込む殺し合いが行われていた。
この物語は、その争いを戦い抜く悪魔達の物語である。
「悪魔が悪人 善人は天使」
その限りでもないのかもしれない。
**********
この物語はあるマンションの一部屋から始まる。
「悪魔……か」
その一部屋にはある青年、智川 堅頼(さとりがわ けんらい)が一人で暮らしていた。
ケンライは悪魔の本を読んでいた。別に、邪悪な意思をもって悪魔を召喚してやろう、とかそのような悪意に満ちた馬鹿馬鹿しい目的はない。ただ、ふと『悪魔大全集』という題名を見て興味をもったから買って読んでいるだけだ。
内容をじっくり読み込まずパラパラと見ていると気になる文字が目に留まり、ページをめくっていたその手を止めた。そこには『悪魔と契約をすれば人智を超えた力を得られ、その名は後世に残るであろう』と書いてある。
「ふん。もし、本当に悪魔がいるんだったら会ってみたいね。そんでもって僕と契約でもしてくれないかな」
我ながら幼稚な言葉を漏らした。と思い自嘲していると、背後にある窓が開く音がした。続いて背後に響く革靴によって音が生み出された。
「ッ!?」
ケンライは戦慄する。それもそうだろう、何故なら彼のいる部屋の階は六階であり今、彼の背後で起きている出来事はその六階にある部屋の窓を開けた上に、そこからケンライのいる部屋に侵入するという異次元的な行為が行われているのだから。
そのようなことが背後で行われているということに気づいたはいいが、恐怖を直視したくないが故に首が動かない。
「まさか」
そして彼は考える。ついさっき、悪魔と会ってみたい。などと声に出してしまったがために、本当に悪魔が自分の元に現れてしまったのではないかと。
しかし、よく考えてしまえばそのようなことはまずありえない。何故なら悪魔は神話上の生物であり現実の生物ではないからだ。きっとこの家に誰もいないと勘違いした空き巣が侵入してきたのだろう、と考えを改め、拳を構えながら振り返る。すると、
「……どうも」
顔は白い触手のようなものがあしらわれている奇妙な黒いマスクで覆い隠し、上半身は傷だらけのレザージャケット、下半身はよれたジーパン。そして腰には、刀の要領でバットケースを携えた。明らかに殺人を犯してそうな男が、洞穴内で炎が弾け響く音のように低い声でこちらに接触を試みようとしてきた。
「ッ!?」
黒ずくめ男を発見したケンライは拳を構えながらもただ唖然としていた。唐突に現れた殺人犯、凶器を入れていると思わしきバットケース、どれをとっても彼の思考を奪うには十分な理由だったからだ。
「無言か、ならば」
そして、その場の静寂に早くも痺れを切らしたのか黒ずくめ男は何かをしようと動き出す。その動きに、思考の中にあった霧が晴れたケンライは、男に凶器が出されてこれ以上不利な立場に陥ることを恐れ、とっさに男に殴りかかる。
「用件を話そう。何も知らないおまえからすれば、俺はただの侵入者にしか見えないだろう」
しかし驚くべきことに、その男は手のひらでケンライの拳を音もなく止めた挙句、何事もなかったのかのように話しだしたのだ。
当然、ケンライは手を抜いたわけではない。この拳は最高のコンディションから放たれた最高のスピードと、この生涯で最も重い拳であったのだ。コンディションを別にしたって、不意打ちの拳を止められるなど初めての経験であり、この黒ずくめ男が只者ではないことを理解した彼は完全に恐れに敗北し、くじけた。
「俺の目的は、おまえを地獄に連れて行くことだ」
反抗されたことに対して苛立ちを覚えたのか男は畳み込むように、こちらを指差しながら地獄に連れて行くと殺害宣告をこちらに投げかけてきた。
「まさか、そのバットで殺そうと」
先程から視界にチラチラ写っているそのバットでこちらを殺しに来ることを直感ですぐに理解し、ある行動に出る。
「待て! 妙な勘違いはす────」
それは逃走。やはり、いつの時代も状況が悪くなれば逃げるという選択肢が自身の命をも助けるものとなるのだ。男が何かを言おうとしているようだったが、それを無視しながら玄関に突っ走った。
「よしこれで」
いつもは信じていない神に祈りつつ、勢いを殺さないようにドアノブに手をかけようとする。しかしその瞬間、まだ手をかけていないはずのドアノブが勝手に回転し扉が奥に開く。
「あ」
開いた扉の隙間から発見し、気づいてしまう。他の誰かが自分を待ち伏せていたということに。だがしかし、前方に不審者がいたことに気づこうが勢いで前のめりなっていたケンライがそのまま止まれる訳もなく、そのまま前にいた不審者に激突してしまう。
「くぅ、いちちち、何をしやが……」
唐突に何の防御なしに真正面から体当たりを受けてしまった不審者は怒りを顔に宿し、腹を抱えて痛みに苦しむ様子を見せていた。
「人間か! 大丈夫かい」
しかしケンライを見つけるや否や、その不審者はあたかも心配しているかのように豹変し、優しそうな声をかけながら近づいてくる。しかし、状況が故にケンライは不審者のことが信じられず、尻餅をついていながらも後ろに下がる。
「話を聞いてくれ……なぜ天使がいる?」
焦りを感じさせる足音と共に、先程の黒ずくめの男が現れ彼の口から‘‘天使‘‘という言葉が飛び出す。その口調からは、天使と呼ばれる人物に対して不快感を感じさせられる。
「……?」
黒ずくめの男と相対する不審者を注視すると、穢れを一切感じさせない純白のタキシード、タキシードと同じように真っ白なローファー。キャンバスのように白く、見る者全てを魅了させるほど整った顔などがケンライの目に映る。極め付けに、頭上には浮遊する微弱な光を放つ黄金の輪。
まさにイメージどおりの、天使のような格好を不審者がしているのを目撃した。
「まさか……」
そしてケンライは思案する。この白い不審者が天使ならば、後ろの黒づくめの男は悪魔かもしれない。と、ケンライがそのようなことを思案しているのも束の間、悪魔と思われる黒づくめの男と、天使と思われる不審者が相対し始める。
「消えろ、天使はお呼びじゃない」
悪魔は先ほどの声よりも遥かに低い声で凄む。
「お呼びじゃない? 君はわかってない」
「何がだ?」
「私は君のような汚らしい悪魔が地上に存在するのが許せないだけさ。あぁ、君のような醜い者と同じ空間にいると考えるだけでも虫唾が走る」
どうやら不快感を感じているのは悪魔だけではないようで、天使は見下す態度で悪魔を口汚く罵った。
「醜い?」
”醜い”という言葉が引っかかったのか悪魔は聞き返す。
「あぁ醜いさ、醜悪下等な存在さ!」
すると天使は堂々と一切の淀みのない声でもう一度、‘‘醜い‘‘という言葉に‘‘下等な存在‘‘という言葉も付け加えて言い放つ。
「………」
罵詈雑言の嵐に悪魔は余程ショックだったのか、仮面を手で押さえて立ち尽くしてしまう。
「ふっ、さぁそこの君。そこの悪魔を消してあげるからこちらに来なさい」
言葉という刃で歯向かう者を黙らせた天使は、悪魔にとっていた態度とは打って変わってケンライには聖人のような顔つきと包容力のある声で話しかける。
しかし、ケンライは天使がいる逆の方向に歩き出した。向かったのは悪魔の方向である。ケンライはこの悪魔に出会った時、恐怖を感じて神に助けを求めようとしていた。しかし、天使のあまりにも傲慢な態度と、身勝手な言葉の数々を聞いて沸々と湧き上がる怒りを抑えきれなくなってきたケンライは天使の反抗することを決心し、どこか自分と近しい何かを感じる悪魔の味方となろうとしているのだ。
「はぁ?」
天使はそのような行動を取ったケンライの意図を理解できなかったのか困惑の声を漏らし、ただただ呆然としていた。
「………」
しかしそれとは相反するように、ケンライの覚悟を灯した表情を目にした悪魔は考えていることを悟り、ケンライにたった一言だけ伝える。
「後ろに隠れてろ」
と、
「!?」
悪魔が言い放ったその瞬間、天使はケンライが悪魔側に付いたことを理解した様子を見せた。
「クッ! まさか天使の導きに背いて悪魔に味方するとはね。なら、お望みどおりそこの悪魔と一緒に消してあげるよ!」
天使はより上等な存在である自身よりも、下等で下劣な存在と思っていた悪魔についたケンライに強い殺意と、悪魔への敗北感を覚えたようで、その憤怒に満ちた声で殺害を予告し、その手から創り出された光の剣の剣先を悪魔に向ける。
「消す? 天使にも冗談が言えたのか」
その冷静さを失った天使に反比例するように、挑発をした悪魔は呼吸を整え、バットケースについている三つのボタンを一つずつ外してバットの真の姿を顕現させる。
それは、キリストが眩暈を引き起こすほどにぶっとい釘。それに加え、有刺鉄線が巻きついているという正に悪魔が持つにはピッタリ。いや、もはやこのバット自体が悪魔といわんばかりの凶悪な見た目をしていた。
もしこのバットで殴られてしまえば、天使であろうが己の死に気づかぬ間に、即地獄直行便に相手を乗せることができそうに見えた。
だが不可解なことに、悪魔はその武器を右手に逆手で持ち、何の構えもせずに腕を伸ばして直立していた。
この悪魔の戦闘態勢にケンライは、この悪魔が何をしようとしているのかが理解できず、頭の上にクエスチョンマークを生やした。悪魔の思惑を知らないケンライが混乱してしまうのはもはや必然。
だが、実際悪魔は馬鹿の一つ覚えのように隙だらけでただ突っ立っている訳ではなかった。
「ふん、やはり口だけかい?」
しかしケンライと同様、悪魔の思惑を知らない天使にとっては隙だらけの構えをとるこの悪魔はまるでカモ。天使はこのド素人の悪魔を手早く消せそうだと思い、純粋な笑みをこぼし剣を振り上げて攻撃。するかと思われたその瞬間。
同時に暴力的なバギギッという重低音と、聞いてはならない、と本能に警鐘を鳴らさせる音が部屋中に響いた。
「アガッ! …………あんへ?」
予想外の出来事。一瞬で視界が悪魔の足元まで落ちていた天使は、先程から醸し出していた傲慢で余裕のある雰囲気とは一変。目の前に佇むこの悪魔の力の片鱗を知ったことによって芽生えた恐怖に呑まれ、敵の目の前であるのにも関わらず立ち上がれなくなってしまうほど弱弱しいものとなってしまった。一方で悪魔の方は、
「いい機会だ。聞かせろ」
萎みきってしまった風船のように萎縮している天使に距離を詰めながら話しかける。
悪魔から逃れようと天使は足に力を込めて立ち上がろうとする。しかし、彼の足は動くことはなかった。そのため、悪魔が自身の目の前まで距離を詰める前に何か行動を起こすことができず、ただ悪魔が近づいてくるのを黙って見ることしか出来なくなっていた。
「天使は何故、悪魔を狩る?」
その結果。何も起こらず、悪魔は天使の眼前まで屈んで問うた。
「へ?」
唐突に悪魔から放たれたその言葉の意図を理解できなかった天使は、あからさまに混乱する様子を見せていた。
「あ、悪はほろ────」
しかし天使として負けたまま、恐怖したままでいる己により強い怒りを覚えたのか、そのような捨て台詞を吐こうとする。
しかし、このまま話をさせても予想どおりの言葉が天使の口から出てくると思ったのか悪魔は、天使の言葉が終わる前にバットを振り上げる。
「真に醜いのはどちらだろうか」
間もなく、地を這いつくばっていた天使の脳天めがけてそのバットを振り下ろし、重い音とともに天使のその頭蓋を破壊する。
「えっ!?」
天使以上に何が起こったのかを知覚できていなかったケンライは、そのようなショッキングかつ悪魔の超暴力的な姿に驚愕した。そうしてすぐに彼の視界は歪み、平衡感覚は奪われる。
「あ……」
そうして気づけば彼の視界は床に吸い込まれ、頭に鈍い音が響いた。何がこの身に怒ろうとしているのかはなんとなくわかっていた。己はショックのあまりに気を失いかけているのだ。
「大丈夫か?」
「おい…ぉぃ」
悪魔がこちらに駆け寄り心配そうに声をかけてくるが時すでに遅し、この時のケンライは正に気を失う寸前。彼は悪魔の声に返答するどころか、悪魔の問いかけを聞き終える前に気を失ってしまう。
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