桃の花の季節
此糸桜樺
萌々と桃
「
そう言われる度、私は複雑な気分になった。
私と日向は確かに幼なじみだ。
家も隣のため、玄関を出て、五秒でインターホンをならせる距離にある。そのせいだろうか……。周りから、日向とは気の置けない親密な友情を想像されがちだった。しかし、残念ながら私たちはそんな仲ではない。一緒に遊ぶどころか、ほとんど言葉を交わしたことすらなかったのだ。
私は人形遊びが好きで、家で空想の世界に浸っているようなタイプだったし、日向は図鑑が好きで、家でもくもくと読書をしているようなタイプだった。お互い家に引っ込んでいる性格だったため、限りなく接点がなかったのである。
「ねーねー、日向くんってどういうタイプが好きとか知らない?」
「幼なじみっていっても、あんまり話したことないからなぁ。知らない……」
「通学路同じなのにお喋りしないの?」
「しない」
「ええー、そんなあ」
たまに、仲良くもない女子から絡まれては、勝手に落胆されたりもした。できることなら恋の成就に協力してあげたいが、本当に何も知らないのだ。知らないことは答えられない。
私は「ごめんね」と心の中で謝りつつ、日向ってモテるんだなーと私の数少ない知識に脳内加筆された。
◇
中学校にあがると、私は美術部、日向は帰宅部に所属した。帰宅部に対して「所属」という言葉はなんだかおかしい気もするけれど。要するに、どちらも体育会系には入らなかったということだ。
小学校まではたまに通学路で一緒になることもあったのだが、帰宅時間の違いから、いよいよ本格的に日向はただの他人と化していた。
「日向くんって頭いいよね。この前のテスト、学年二位だってさ」
「へえー、すご」
日向って頭いいのか。私の数少ない知識に、新たな知識が加えられる。
「家隣なのに全然知らないんだね。たまにくらいは話さないの? 仲悪いの?」
「別に……? ほら、こうやって噂も流れてくるし。近所付き合いとしてはこれで十分かなって」
「もうー、
日向はそこそこ女子から人気のようだった。成績優秀、読書好き、かっこいい。これだけの要素が揃えば一人やふたりは好きという女子はいるだろう。
恋愛のれの字もない私とは大違いだな、と他人事に思ったりもした。
◇
公民館でひな祭りが開催されることになり、私は千奈と見に行くことになった。自分の名前が「萌々(もも)」ということもあって、ひな祭りの桃の花には少し親近感を覚える。
お雛様と共に写真を撮っていると、横から「あ、千奈だ」という声がした。ちらりと横を見遣ると太一が、よっ、と軽く手を挙げた。千奈と太一は幼なじみなのだ。千奈はいつも「あんなの腐れ縁だよ」と吐き捨てているが、家族ぐるみの付き合いらしく、なんだかんだ仲がいい。
千奈は興味なさげにため息をついたのち、横に立っている日向に気が付くとパッと顔を明るくした。
「あっ、ねっ、
千奈は嬉しそうに笑い、男子たちのもとへ駆けていく。太一に向けた表情とは大違いである。――千奈は日向のことが好きなのだろうか?
千奈と日向が話しているのを見て、二人が並んでるとお雛様みたいだ、と思った。
日向は世間的にはかっこいい部類に入るらしいし、千奈は明るくて可愛い容姿をしている。十分すぎるほどお似合いだろう。
夕方、千奈や太一たちと別れると、おのずと日向と帰り方向が一緒になった。少し千奈に申し訳ない気持ちを覚えたが、家が隣なのは皆も知っていることだし、仕方がないと割り切る。
住宅の立ち並ぶ道を二人で並んで歩いた。しかし、ずっと無言なのも手持ち無沙汰で、適当に話しかけてみる。
「小学生の頃、図鑑よく読んでたよね。今も植物好きなの?」
「うん」
「桃の花の時期だねぇ、もうすぐ」
「確かに」
「今年も桃の花フェア、行くの?」
「行く。もも、好きだし」
「ふうん」
ほんの数回の言葉のキャッチボール。淡々とした口調。いまいち盛り上がらない会話。楽しくはないがそれなりに居心地のいい空気感。
懐かしいな、と感じた。
小学校の頃はこうやって特に面白くもない会話をたまにしていたものだ。とは言っても、大体、珍しい昆虫を見かけた日向が急に道端にしゃがみこみ、私はさっさと先に帰るのが常だったけれど。
そんなことを思い出しているうちに、あっという間に家に着いた。もともと弾むような会話もしていないため、ちょうどいい距離感の到着である。
「じゃあね」
「じゃ」
日向のことはよく分からない。頭が良くて。女子からなぜか人気で……。学校での日向なんてそんなことくらいしか知らない。
でも、私が知っている日向の姿は、多分、同級生の誰も知らないのだろう。千奈でさえも。
図鑑が好きで。植物や昆虫が好きで。桃の花が好きで。意外と外出も好きで。
幼い頃は、通学路にアリが行列を作っていると自然と目で追ったり、咲きかけのつぼみを見つければ開花までずっと観察していたりしたこともあったっけ。
そのとき、ひゅう、と冷たい風が吹いた。三寒四温を繰り返す三月の気候に、私は小さく体を縮こませる。
――早く家に入って炬燵に入ろう。
甘い梅の花がふわりと香る。春の気配はもうすぐそこまで近づいてきているようだ。
桃の花の季節 此糸桜樺 @Kabazakura
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