ひなまつりの約束

葉南子@アンソロ書籍発売中!

ひなまつりの約束


 ──ひなまつりなんて、大きらい。




 ♪あかりをつけましょ ぼんぼりに〜

 

 クラスの友だちが楽しそうに歌っている。

 

 でも、あたしはぜんぜん楽しくない。

 ひなまつりなんて、なにも楽しくない、うれしくない。

 ひなまつりなんて、もう永遠にこなくていい。

 

 だって、お母さんが死んじゃった日なんだから。


 * * *


「ただいま〜」


 いつものように学校から帰ってきたけど、今日は「おかえり」っていう、おばあちゃんの声が聞こえてこない。

 

 その代わりに、お客さんを通す和室の方からガサゴソって物音が聞こえてきた。


「おばあちゃん?」


 和室にむかってひょっこりと声をかけると、そこでおばあちゃんはひな人形をかざっていた。


 おばあちゃんのまわりには、大きな箱や小さな箱がいくつもならんでいて、その中にはお人形や小さな道具がたくさん入っていた。

 

「……なにしてるの?」


 聞くと、おばあちゃんは手を止めて、にこりと笑った。


「もう二月も終わりでしょ? いいタイミングかなって、ひな人形を出してるのよ。ほら、優奈ゆうなも手伝ってくれる?」


 ──ひな人形を、出す?

 

 その言葉を聞いたとたん、心臓のあたりがチクリと痛んだ。


「……やだ」


 ポツリとこぼしたあたしの言葉に、おばあちゃんの手がピタリと止まる。

 でも、すぐに「そう」とうなずいて、またひな人形をかざりはじめた。

 それがなんだか、逆にイヤだった。


「なんで!? なんで、ひな人形なんて出すの!?」


 少し強い声が出てしまったけど、おばあちゃんはやさしかった。

 ひとつひとつ、大事そうにお人形を並べながら言った。


「これはね、お母さんが子どものころに大切にしていたひな人形なのよ」

「……お母さんの?」


 おばあちゃんは「そうよ」とうなずいて、おひなさまのお人形を大事そうに持った。


「優奈も、覚えているでしょう? お母さんといっしょにひな人形をかざって、お祝いしたこと」


 そう言われて、昔の記憶がよみがえった。

 おかあさんといっしょにひな祭りをした日のこと。

 おひなさまとおだいりさまを並べて、「きれいだねえ」って笑い合ったこと。


 でも、それがよみがえったのはほんの一瞬で、すぐに悲しい気持ちでいっぱいになった。


「……覚えてるけど。……お母さん、もういないもん」


 和室の空気がしんとした。


「そうね」


 おばあちゃんの声はやっぱりやさしかった。

 でも、それが辛くて、むしょうに泣きたくなってしまう。

 

「お母さんがいなくなっちゃってから、もうすぐ三年経つけれど……。おばあちゃんだって、ずっと悲しいって思ってる」


 そう言いながら、おばあちゃんはおひなさまを見つめた。

 そして、お母さんが大事そうにお人形を持っていたのを思い出す。

 

「このひな人形も、ずっと暗いところに閉じ込められて、同じように悲しんでいると思うの。それに、お母さんとすごした思い出まで閉じこめてしまっている気がしない?」


 おばあちゃんの言葉を聞いて、ふと、ひなだんを見つめた。

 七段かざりのひな人形たちが、やわらかな光の中、ぽつんぽつんと並んでいる。


 ──お母さんとの、思い出……。

 

 なんだか、お人形の顔が少しだけさみしそうに見えた。


「……おばあちゃん一人じゃ大変そうだから、手伝う」


 おばあちゃんはいっしゅん、おどろいたように目を大きくしたけれど、すぐに笑った。


「ありがとう。じゃあ、一緒にかざろうか」

「うん」


 おばあちゃんのとなりに座って、箱からお人形たちを出していく。

 どれも古びているけれど、すごくていねいに使われてきたんだなとわかるくらい、きれいだった。


「このおひなさまね、お母さんが子どものころからずっと大事にしていたんだよ」

「……そうなの?」

「そう。毎年この時期になるとね、そわそわしながら『お母さん、まだかざらないの?』って聞いてきてね」


 おばあちゃんは、なつかしそうに笑いながら、おだいりさまをそっとひなだんの上に置く。


「お母さんは張り切っておひなさまを並べていたわ。お人形にぜんぜんちがう名前まで付けたり、『この子は三人かんじょの真ん中』『この人はよくわからないけど、一番はじっこ』なんて、すごい楽しそうだった」


 そう話すおばあちゃんも、楽しそうに見えた。


 幼いころのあたしのそばで「やっとできたね」とほほえんでいる、やさしい顔をしたお母さんを思い出した。


「……お母さん、ひなまつりが好きだったんだね」

「ええ、とてもね」


 おばあちゃんの声は、少しだけふるえているような、そんな気がした。


 * * *


 夜。

 布団に入っても、なかなかねむれなかった。


 ひなまつりが好きだった、お母さん。

 三年ぶりにさわったひな人形は前とぜんぜん変わらなくて、それが悲しくてうれしかった。

 お母さんは、ずっとここにいてくれたのかもしれない。

 

「お母さん……」


 つぶやいて、目を閉じた────。

 


『優奈』


 ぼんやりとした光の中で、あたしの名前を呼ぶ声だけが聞こえた。

 その人がだれなのか、すぐにわかった。

 

 ──お母さん……!


 目の前に、お母さんがいた。


「お母さん! お母さん! お母さん!!」


 かけよって、思いっきりだきついた。

 お母さんは、ぎゅっとだきしめてくれた。


「優奈、ありがとう。ひな人形、出してくれたのね」

「うん! お母さんのだいじなものだから! 私にもだいじなの!」

「ありがとう」


 

「お母さん! もうどこにも行かない!?」

「優奈が忘れなければ、お母さんはずっと優奈のそばにいるわ」

「忘れないよ! ねえ、お母さん! どこにも行かないで!」


 

「優奈、ありがとう。最後に、またいっしょに歌いましょうか」

「最後じゃないよ!」

「そうね。じゃあ、また来年も。お母さんはずっとここにいるから、どこにも行かない」


 

「約束だよ! 来年も、再来年も、ずっとずっと、ずぅぅっとかざるから、どこにも行かないでよ!」

「ええ、約束」



 ♪あかりをつけましょ ぼんぼりに

  おはなをあげましょ もものはな

  ごにんばやしの──────


 

 ピピピピ

 ピピピピ

 ピピピピ

 


 あたしは、目ざましの音で目がさめた。


「……お母さん」


 気がついたら、かってに涙が出ていた。



 * * *



「お母さん、いってきます!」


 あたしはひな人形の前であいさつをして、家を出た。


 

 今日から三月。

 

 音楽のじゅぎょうで、また歌を歌った。


 ♪あかりをつけましょ ぼんぼりに〜


 クラスの友だちが楽しそうに歌っている。

 

 あたしも、楽しかった。

 ひなまつりが、楽しみで、うれしくてしょうがない。

 ひなまつりが、早く来てくれればいいのに。


 だって、お母さんに会える日なんだから。

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