ひなまつりごっこ

ナナシマイ

ひなまつりごっこ

宏樹ひろきくん」

「ん?」

「今日はね、ひなまつりなの」

「うん。そだね」

 夕暮れの河川敷。

 わたしの目は鋭く周囲のものを捉える。川原へと下りていく階段、そこでサブバッグを雑に放り駄弁っているJK三人組。脇にはツツジかなにかの植え込み。もう薄暗いけど、土手に並ぶ街灯はまだ点いていない。よし、いける。

 そう判断して宏樹くんへ視線を戻す。

 しかしわたしが言葉を発する前に、彼はなにを思ったか、諦めたように口を緩めた。

「――……それで? お喋りに興じる若い女の子を襲う趣味はないよ」

「視線トラッキングが完ぺき」

 思わずツッコミをいれてから、いやそうじゃないと首を振る。ついでに、指先で宏樹くんの肘のあたりを掴んだ。

 仕切り直しになんて、させない。

 わざわざ、外で待ち合わせまでしてやってきたのだ。

「ね。ひなまつりごっこ、しよう?」


 まずはひなまつりごっこの定義から教えてくれる。

 そんな風情のないことを言う口めはこちらの口でさっと塞いでしまう。ぽかんとしているうちに宏樹くんの背中を押して階段に座らせた。わたしはその左に。

 汚れたものばかりを抱えたわたしたちは、今さらスーツが汚れるくらい、気にしない。

「なにしてるのかな」

「だからね、ひなまつりごっこ」

「もしかして座る位置」

「あら察しのいいこと」

「いやそれでどうなのって話」

 アララララ、と巻き舌めいたカラスの鳴き声が頭上を渡っていく。

 五人囃子もいない、どころかいろいろめちゃくちゃだけど、なんとか体裁は保ててる。いやなにも保ててはないけど。

「すました顔をしなくっちゃね」

「キミは物事をあいまいにしすぎだと思う」

「宏樹くんは理屈にしすぎです」

 座っていると、芽を出し始めた草の匂いがぐっと近づいた感じがする。

 太陽が川向こうのビル群へ沈むのはあっというまだ。わたしたちの勤務先も、そうして夜景の一部になっていく。

 あの街明かりが日常なら、ここはなんだろう。

 赤く染まった階段にだって、ちゃんと夜はおりてくるのに。


「僕らは、とても勿体ないことをしているのかもしれない」

「うん……ひなあられを、食べ損ねた」

「それは由々しき事態だね。ちなみに蛤のお吸い物については」

「とてもとても、勿体ないことをした」

「じゃあ、ちらし寿司」

「……イクラは乗ってる?」

「スプーンで五杯はいこう」

「人生をやり直すべきかもしれない」

「ふ……そんなに?」

「あなたと一緒にできないことは、ぜんぶ、人生の大損だよ」

 数段下、女の子たちが、きゃいきゃいはしゃいでる。

 見下ろすわたしたちの存在には気づいていないんだろう。それでいい。こんなこと知るにはきっと、JKは若すぎる。

「キミの幼稚さは、いつか僕を救ってくれるのかな」

 街灯が控えめにぽうぽうと灯る。裏手の住宅地から、ひなまつりを歌う甲高い声が聞こえてくる。

 わたしたちは二人並んで、すまし顔で、平然と。

 平然と人目を憚りながら、綺麗で汚い言葉を交換しあっている。

「やっぱり、ひなあられくらいは食べたいかも」

 交わせば交わすほど、宏樹くんへの情は膨らむばかりだ。

 その成長を、他ならぬ宏樹くんに願ってほしい。

「ならコンビニに寄ってみよう」

 だって。彼の理性的な依存心が、あいまいなわたしの輪郭を作っているのだから。

 今夜もあと少しだけ。

 わたしたちは、二人で並んでいることにするのだ。

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